2016年12月25日

竜神(リライト)

  竜神

紅羽(あかはね)藩のお殿さまは、池で三匹の大きな鯉を飼っていました。
  紅、金、白色のその鯉は、たいそうりっぱなものでしたので、その藩の人々は、お殿さまがどんなに苦労して飼っておられるのだろう、と噂し合いました。
  お殿さまは、鯉にそれぞれ「牡丹」「菊」「百合」という、花の名前をつけて、それは大切に育てているのです。
  ことに「菊」は、お殿さまのお気に入りで、特別な餌をあげたり、芸を仕込もうとしたりするのでした。
  菊は、お殿さまが池に近づくと、お殿さまのそばに近寄ります。
  そして、お殿さまが笛を吹くと、それに合わせて池の中で舞うのでした。
 
  ところが、その噂を聞きつけた将軍さまが、その菊を食したいと言い出しました。逆らったら、切腹ものです。藩もお取りつぶしになると言います。
しかしお殿さまには、これまで我が子のように育ててきた菊を差し出すような真似は、とてもできそうにありませんでした。
「なあ、菊や」
池のほとりで、お殿さまは、ほとほと弱り切って言いました。
「おまえを将軍さまに献上したら、そのあとわしはどうして生きて行けよう。自分の思うとおりに生きられないのだとしたら、人間というものは、なんのために生きておるのじゃろうな」
ぱしゃん。
池の中で、菊がはぜました。
お殿さまは、笛を取り出して、しめやかに吹き鳴らしました。
ひゅるり、りりら。
笛が鳴ると、菊はうれしそうに池の中でぐるぐるまわります。
鯉の牡丹も、百合も、一緒に踊り始めました。
それは、どんな宴の踊り子よりも、優雅な舞いでした。
ひゅるり、ころころ。
笛は、興に乗って、盛り上がります。いつの間にか、おつきの者たちも、一緒になって楽の音を楽しんでいるのです。家来の中で一番優秀な者が、小さな鼓を持ってきて、池のそばにたたずむと、
よおっ。たん、たたん。
と、笛の音に呼応するのでした。
ひゅーるる、ころり。
笛の音は、艶然としてその鼓を包み込むようです。
すると、どうでしょう。
そこへ、将軍さまのおなーりーという前触れとともに、将軍さまが現れました。
「頭が高い」
お殿さまは、慌てて笛を投げ捨て、ぬかずきました。
「よいよい。せっかく興に乗っておるのだ。捨て置け」
扇子であおぎながら、将軍さまは、偉そうにそう言って、じろりと池の中をのぞき込みました。
ばしゃん。
魚が水面をはじいて、将軍さまは、水浸しになりました。
笑いをこらえる周囲を不機嫌に見回して、将軍さまは扇子をたたみ、池のほうに向けました。
「早う鯉を献上せよ」
理不尽な将軍さまのことばに、お殿さまは、身を引き裂かれるような思いでした。菊のような頭の良い鯉は、もう二度と手に入らないでしょう。だからといって、将軍さまを怒らせたら、命はない。きっと菊もろとも、将軍さまに殺されてしまう。
どうしたらよいのだ!
必死になって、考えているうちに、空模様があやしくなってきました。
「おや?」
周囲が、がやがやと見上げます。
あれほど晴れていた空は、黒い雲が一面に広がっています。
ぽつり。ぽつり。
雨が、一つ、二つ、降りしました。。
「将軍さま! わが屋敷へ!」
お殿さまは、将軍さまに呼びかけました。
すると同時に、池の中がぼこぼこっと泡立ち始めたのです。
びっくりしていると、その泡だった水の中を三匹の鯉たちが、ぐるぐる回っているのでした。
それが、まるで矢のような速さで、見ている内に鯉の色が、紅、金、白とまじりあい、溶け合い、夢のように一つになるのです。
「これは……!」
絶句する将軍さまの目の前で、池がガバと逆まきはじめます。
台風か、竜巻かと目をこすっていると、その水がすーと引きました。
するとびっくり!
池の中で大きな蛇のようなものが、こちらをにらんでいるのです 。
肌の色は青く、鱗の一つ一つは虹のように光っています。口元におおきなひげが生えていて、足は四本生えていました。その長い首には、五色の玉が光っていました。
「わあっ」
がたがたがた。
がたがたがた。
勇猛で知られた将軍さまも、この化物の前には腰を抜かし、泡を吹いてしまわれました。
「竜神だ。さては鯉どもが竜になったな!」
お殿さまが手を拍(う)って叫ぶと同時に、竜は上空に首をもたげ、たちまち天へと昇っていきました。
お殿さまが竜を飼っていた、という噂は、たちまち紅羽藩に知れ渡りました。
将軍さまは、自分が泡を吹いて倒れてしまったことをお殿さまに口止めし、その代わりにと言って、禄高を増やしてくださいました。
今はお殿さまは、鯉ではなく、笛を楽しんでいます。
「合奏するのもまた、楽しいものじゃて」
そんなことを言って、しょっちゅう宴を催してはすばらしい笛を披露するので、家来たちはげんなりして、
「竜神様が見込まれた方だけど、あの宴好きはなんとかならないだろうか」
と言って、みんなで顔を見合わせてはため息をついたそうです。

posted by アスリア at 14:43| Comment(0) | 創作