2017年02月13日

山の婆さん、シェフになる

会社で事務をしている大森さんは、五月の連休にひとりで山へピクニックに出かけた。森では鳥が啼き、太陽が空に輝き、森に幾筋もの光がそっとさしこむ。大森さんの心もウキウキしている。

と、目の前に髪の毛がぼさぼさの、ぼろ布をまとった老女が倒れていた。

「しっかりして下さい!」

抱き起こすと、老女は目を見開いて、

「なんとうまそうな人間じゃ」

とうめいた。ギョッとしながらも大森さんは、リュックから弁当を取り出し、

「おなかが減っているのでしょうね。よければこれをどうぞ」

差し出した。すると老女はがつがつと、むさぼるように食べ、立ち上がると言った。

「あんたはなかなか、親切な人だな。街ではクールだと噂されておるのじゃろ?」

大森さんは驚いて、老女を上から下までまじまじと見つめた。

老女はフ、フ、フと笑った。ぎらり、と八重歯が光る。

「あなた、ひょっとして山姥?」

ありえない、と思いつつ、大森さんは問いかける。しかし老女はそれには答えず、

「そうだ、いまからおまえの家に行って、恩返しをさせてもらおう」

「恩返し? わたしを料理しちゃうとかじゃないでしょうね」

少し青ざめて大森さんが言うと、

「よく見たら、おまえは筋張っていてまずそうだ。それより山のエモノを獲ってこよう」

大森さんは、少し怖くなったが、一方でワクワクするのを感じ、老女を自分の家に連れ帰った。すると彼女は、どこから取り出したのか赤いたすきと白いはちまきをして包丁を手に入れると、また家を出ようとする。

「どちらへ行かれるんですか」

と聞いてみると、彼女は、

「野生の獣を使った料理をするんだよ。おいしく作るから、期待していてくれ」

自信たっぷりである。

大森さんが、付け合わせなどをつくって待っていると、彼女がイノシシを肩に担いでやってきた。一緒にネズミやカラスまでくっついてきている。

「どうだ、エモノだぞ」

そう言うと、ネズミたちがちゅうちゅう、カラスがかあかあ啼くなかを、シャーッ、シャーッと包丁が研がれ、肉が細かく切られる音がする。

「わしの包丁はボロボロでな、こんなごちそうを作れるのも久しぶりなのだ。礼を言う」

「わたしのほうこそ、お礼を言いますわ。こんなジビエ料理を作って下さるなんて!」

大森さんは、大感激して言った。

「あなたは、少し恐ろしい人だと思っていたけど、本当は違っていたんですね」

出来上がった料理は、イノシシの香草あえである。臭みもなく、とろけるようにおいしかった。ネズミたちもカラスたちも、いっしょに食べて満足した。

「あんたは村八分にあって餓死しそうだったわしを助けてくれた。今後もうまい料理を期待していてくれ」

その後も彼女は、シカやヤマバトをとってきては、料理を振る舞ってくれた。

「こんなによくしてくれるんだから、村にもどったらどうかしら」

大森さんが言うのだが、

「ふん、あんな奴らなんかきらいだ」

と彼女は、ガンとして言うことを聞かないのであった。

大森さんは、毎年夏になると彼女と一緒に山へピクニックにでかける。そしてお互いの弁当や料理を取り替えっこして、どっちがおいしいか競い合っている。

少しずつでも人間に馴れて、いつか村人たちとも普通に話せるようになればいい。大森さんはそう思い、今年も夏になるのを楽しみにしている。

posted by アスリア at 17:24| Comment(0) | エッセイ