2017年04月05日

パルケス国の危機 02

無視して通り過ぎようとしたとき、
「ここを通るものは、証明書が必要だ」
と、その影が告げた。
「証明書なんて、どうでもいいでしょう。通して下さい」
俺が、不機嫌に答えるが、そいつは槍をかざして眼を吊り上げる。眼が3つあり、角が生え、岩のような腕をして鬼のような形相をしたそいつは、いきなり槍を突き出してきた。
「わっ」
思わず俺は、メリアをかばって地面に伏せる。妖怪はかかか、と笑って言った。
「何者も、拙者にはかなわない。仙人さまにお目通りしたければ、拙者から槍を奪ってみろ」

くそ。こんなときに、コールド・ブラスターが使えたなら。
高レベル魔法コールド・ブラスターが使えないばかりに、メリアも俺も苦労しているのだ。
領主の家に生まれていながら、領主の家系に顕在する、水系・こおり系の魔法が使えない。メリアも、俺も、そして領民も、結局それで、あいつから逃げ回っている。
オヤジは、あいつに殺された。
いつまでも、逃げてるわけにはいかないのだ。
師匠を見つけて、高レベル魔法を伝授してもらわねば。

両親は、子どもたちがしょぼい魔法しか使えない、あるいは魔法すら使えないという事実を、領民に秘密にしていた。優秀な家庭教師たちは、俺たちが魔法レベルの上がらないため音を上げて、『彼らはほんとうに、ご領主さまの子どもですか』と言ってクビをはねられてしまった。
オヤジは、言ってみれば暴君なのである。

俺は、そんなオヤジが、まったく好きではなかった。
魔法が使えないと言うだけで、『おまえは跡継ぎにふさわしくない』と口癖のように言うオヤジ。俺を殴りつけ、氷魔法で凍りづけにして、罵倒して……。
あれが愛情なら、そんなものは要らない。

だが、領内で危機があるのなら、それを食い止めるのは、俺とメリアの二人だけなのだ。
確かにオヤジにはいろいろ思うこともある。
愛情を注いでくれなかった父を、見返してやりたいと思っている。
オヤジの魔法も、軍隊も、あいつの前には通じなかった。

オヤジは苦しみの内に、あの世へと旅だった。
オヤジの魔法―――国の最高レベル魔法コールド・ブラスターが通じない。
コールド・ブラスターをあっけなくはねつけたあいつは……。
いったい、なにものなのだろう。

いや、いま、そんなことを考えている場合じゃない。
関門だ。
仙人のテスト、と言ってもいいだろう。
あの槍を奪えば、ここを通過できる。
夕方までに、ここを通過して、ケルン洞窟に行くのだ。
拳を握りしめて地面から顔を上げる。無意識に唇をかみしめると、じゃりっと砂の感触がした。鬱蒼とした森の中、そこだけぽっかりあいた空の下には、頭に小さな角をはやした化物が、クックックと笑いながらこちらを見下ろしている。
コールド・ブラスターさえあれば!
究極の氷の魔法、コールド・ブラスター。すべてのものを凍らせ、雪を降らせ、すべてを無に帰する魔法。領主のオヤジの得意魔法。それすら、あのとき襲って来たあいつには通じなかった。あいつに爆裂させた氷の爆弾が、むなしく空中でちりぢりになるのを、オヤジは愕然として眺めていた……。
「どうした! この槍に触ることすらできぬではないか。おろかなニンゲンよ!」
ハッと我に返った。妖怪は、槍を持ってにらみつけている。
背筋に、冷たいものが走った。
すさまじい気迫だ。空気の色まで、変わっている。
妖怪に押し負かされていく感覚に、俺はたじたじとなりながら、身体の下でしくしく泣いているメリアを抱きしめる。槍は、すぐ目の前を、まるで棒でできた飴のようにさし伸ばされていた。
―――飴?
「妖怪さま! わたしたちは、どうしても仙人さまに、逢わねばなりません、通して下さい!」
メリアは、泣き濡れた声でかきくどく。妖怪は、聞く耳を持たないようだった。
「拙者を倒す力のないものに、ここを通すわけには行かない」
威圧感たっぷりの妖怪が、ぎょろりと目を剥いて返答する。
「そうか。では、これで、どうだ!」
俺は、右手を差しのばして魔法を放った。
「ふん、そんな程度の低い魔法に……」
言いかけた妖怪に、俺は挑戦してやった。
「程度が低いだと? どうせそこからここへはこれないのだろう。おまえはその土地に縛られた地縛霊の一種にすぎない」
「何」
妖怪は、さっと顔色を変えた。
「拙者はそんな低級霊の一種ではないぞ!」
「ではここに来て、俺たちにとどめを刺してみろ。できっこないからな!」
かーっ!
たちまちのうちに顔が紅潮した。鬼のような顔がどす黒く染まり、槍がぶん、と音を立てて振り回される。
ところが。
妖怪は、一歩も近づくことが、出来ないのである。
槍をぐるぐるとふり廻し、しまいには槍そのものを中心とした宴舞でも舞うような動きをしているが、まるで縫い付けられたように、地面からは足が動かせない。
槍を地面に突っ立てて、足を地面から離そうとしたその瞬間。
俺はダッシュして、妖怪にぶつかった。
妖怪は、槍を放して倒れてしまった。
「メリア、いまだ!」
メリアが、槍を奪い取る。ぶうん、と槍がうなった。
「やった。取ったぞ!」
俺が叫ぶと、妖怪は虚脱したように俺とメリアを眺めた。
「ど、どうやったんだ」
妖怪は、ふぬけたような声で質問してくる。
「俺にしか使えない、スティックリーという低レベル魔法を使ったのだ」
俺は、解説してやった。
「地面と身体がくっついて、離れなくなる魔法だ」
妖怪は、納得したようにうなずいた。少し悔しそうだが、かすかに微笑も浮かべている。よくやったな、という表情だ。
「よろしい。一次試験は合格だ。槍を手に入れたのだから、ここをとおってもよかろう。ただ、この先にいる仲間は、もっと手応えがあるぞ。同じ魔法は使えないと思い給え」
それだけ言うと、すうっと消えていった。
残った槍も、いつの間にか消えている。
「この先の仲間……。どんな怪物が、出てくるのかしら……」
おびえたようなメリアの言葉に、俺はそっと肩をだきしめてやった。
「仙人さまに会うまでは、あきらめちゃいけない。先を急ごう」

posted by アスリア at 14:15| Comment(0) | エッセイ