2017年04月18日

パルケス国の危機 04

五人は、声を合わせて圧倒していた。飛行車のように腕を回しながら、まだ走り回っている。
「きゃははははっ、キーンっ!」
「滅びちゃうんだ〜」
「そんなのあり得ないっしょ」
「鏡がなくても常識はあるよ」
「ほんとにねえ。ケルン国には、氷の魔法があるじゃん」
「やっぱ食い気より色気が必要な気がする」
「メリアの持ってる弁当、うまそう」
やかましい。騒がしい。これを喧噪というのか。
俺は、耳をふさぎたくなった。
五人が五人とも女性である、ということから、こびとには男がいないのかという疑念も湧いてきていた。
「ごほん、静粛に!」
俺は、五人をもてあましている自分を感じながらも、この先どうなっていくのかという不安を、切々と感じていた。
滝の奥にある洞窟のなか。
薄暗いその洞窟の通路をまっすぐ行って、右に行ったそこが、その部屋だった。
じめじめした壁に、まっ黒な鏡の台がたてかけられている。
本来ならここに、リルタイト製の鏡が入っているはずなのだろう。
ぽたり。
頭に、つめたいしずくが落ちた。
まるで、巨大生物の胃のなかに入ったみたいな感覚になり、俺は気味が悪くなって尻込みするように二、三歩しりぞいた。
先ほどから、おしゃべりなヒヨドリよりもぴーちくぱーちく喋っている五人組をよそに、俺は鏡台を眺めていた。
大きさは、俺と同じぐらい。楕円形で、飾り付けもなにもない。壁にたてかけられている姿は、まるで死体のようだった。
「鏡の修復……。これが出来なかったら、ケルン国は滅びるのね」
メリアの頬から、つうっと一筋光るもの。
責任は重大だが、いったいどうすればいい?
鏡台の中、まばらに残っている鏡の破片をじっくり観察した。
光沢のある銀色。
鋭角に砕かれた破片の一個一個に。
かすかに、魔力の微動を感じる。
ということは……。
この鏡は、リルタイト製だ。つまり、魔法物質で出来ている。
となると、リルタイトで鏡を作り直せばよいだけのことだ。
「なんだ、リルタイトさえあればこんなの簡単に作り直せるよ」
俺は、安堵の余り力が抜けてくるのを感じた。
「リルタイト? 持ってる?」
「破片しか持ってない。ニンゲンは持ってる?」
「―――たしかにリルタイトは、希少物質だ。しかし、それなら破片をつなぎ合わせて精製すれば済むことだ。鏡の台座はでこぼこしているが、これをならして破片をならべ、最高レベル魔法コールド・ブラスターを掛ければ……」
言いかけた俺は、絶句した。
俺には、そのコールド・ブラスターが使えないんだ!
「国一番の魔法使い、音を上げたよ?」
「あんたには、できるんだね?」
すごいすごい。
五人のこびとは合唱した。
答えに窮していると、メリアがそばに近づいてきて、
「リカバリーを使ってみたら?」
と、ささやいた。
俺は手を振って、それを否定した。
「リルタイトは、最高レベル魔法物質だ。リカバリーみたいな低レベル魔法で、どうにかなるというもんじゃない」
「じゃ、リカバリーとライトショックを組み合わせたら」
メリアは、少し微笑を浮かべていた。
「二つを組み合わせれば、一つ以上の効果が出るはず」
俺はあきれてしまった。
「組み合わせる? 聞いたことがない。ムリだね。だいたい、ここで全部の魔法を使ってしまったら、第三関門にどう立ち向かう」
俺が文句を言うと、メリアは肩をすくめ、じっと俺を見つめた。
「いま、これを解決しなかったら、ケルン国は滅びるのよ? それでもいいの」
俺は唇をかみしめた。
守護を任されている大魔法使いアーヴィングは、今日の夜までしか城は持たないと断言した。あの城を落とされたら、もうあとはない。俺たちは帰る家をなくし、民衆はあいつに蹂躙されるがままだ……。
なんという、化物なのか。
あいつの、赤く光る瞳を思い出して、俺は身を震わせた。
いったい、あいつは何者なんだろう。
リルタイト製ではありえない物質で出来ていて、ホムンクルスのようにデカイ人型の形をしているのに、人間が乗っている気配がない。木々をなぎ倒し、岩を砕き、街じゅうのリルタイトを破壊して……。
とてもムリだ。仙人さまでもムリなのかも知れない。だから俺にあきらめさせようとしているのかも知れない。
「組み合わせなんて、どんな魔法使いでもムリだよ。それこそ、水と油を組み合わせるようなものじゃないか」
俺が弱音を吐く。
「ポール! あきらめちゃ、ダメよ。やってみなくちゃ。低レベル魔法だからこそ、出来ることがあるかもしれない!」
メリアは、初めて俺の名前を呼んだ。
俺は、思わずたじろいで、しげしげとメリアを見つめ返した。
幼いころから、お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕ってくれたメリア。
メリアを悲しませるようなことは、したくない。
自信はない。
だけど、そんなことで怖じ気づいていいのだろうか。
「あんたはできる!」
こびとは、無邪気な口調で先ほどからぽんぽん、俺の膝のあたりを叩いている。
「国一番の魔法使いにも出来なかったことが出来るからこそ、仙人さまに見込まれたんだよね?」
そうなのだろうか。
俺でも出来るのだろうか。
俺は、リルタイトの破片をひとつつまみ上げた。
「こうなりゃ、ヤケだ」
俺は、破片をかき集め始めた。
もちろん、こびとたちもそれに倣う。
リルタイトが集まり、鏡のそばに並べられると、俺はじっとじめっぽい天井を見上げた。
カエルの肌のようにぬるぬるした壁。洞窟に、夕闇が忍び込んでいるのがわかる。
もうじき夕方。
時間がない。
仙人さまに会えるかどうか、これは賭けだ。
失敗すれば……。
死ぬのは確実だ、と思った。

posted by アスリア at 19:24| Comment(0) | エッセイ