2017年04月26日

パルケス国の危機 05

               ☆ ☆ ☆

「これでどうだ!」

リカバリーをリルタイトに放つ。まるで蟻地獄のように、魔法がリルタイトに吸い込まれていく。無限のエネルギー。
「くそ」
リルタイトには、何の変化もない。微光が放たれているばかりだ。普通ならこの光は大きくて豊かで、ケルン文明の象徴でもあるのだが。
俺の力が抜けていく。雨のようにエネルギーが降り注いでいるのに、いっこうに鏡が修理される気配がない。どころか、リカバリーの魔法の影響は、毛一本も感じられない。ムリだったのだ。ムダだったのだ。
「畜生」
ヒルのように吸い込まれていくエネルギーを感じ、最初の荒胆(あらぎも)をくじかれた俺は、すべての魔法を吸われるまえにライトショックを放った。

「こっちでどうだ!」

やはりぴくりとも、動かない。俺はやけくそになって、破片のひとつに触れた。
すると、そのときだ。破片の一つ一つが浮き上がって、まるで鳥のようになきながら、鏡の周りを回り始めたのは。
破片は、キラキラと輝きながら、くるくると鏡台の周りを廻り始める。
俺は、茫然とそれを見守っている。
実際、破片のひとつひとつが、微かに風を起こして廻る中に、銀色の輝きがたったひとつ、鏡台の真ん中で泉のようにともっているのは、魔法になれている俺にとっても、なんとも不思議な、美しい眺めだった。
そのうちに、破片の運動は、いよいよ速くなっていく。
とうとう、廻っているとは思えないほど澄み渡ると、いつのまにか、燐光を放つその破片が、ジグソーパズルのように、ひとつひとつ鏡の中に入り込んでいるのだ。同時に、リルタイト製の鏡は亀裂がなくなり、元の姿に近づいていく。
破片は、いよいよ勢いを増して、一気に鏡台に入り込んだ。
圧倒的な光の洪水。
そして。それが終わってみると。
すべすべした鏡の表面が、こちらを向いている。

「―――成功、したのか?」

自分でも、信じられなかった。生まれて初めての混合魔法が、こんなに効くとは!
鏡は、完璧な姿になって、俺の目の前に立っていた。
なぜか金色に輝いている。
その光の中を、五人のこびとたちが踊っている。
映像がそれを、うつしとる。
こびとたちの声が、どーっととどろいた。
「素晴らしい! やれると思った!」
五人は、手を取り合って喜んだ。
「これで、ケルン国のニュースが見れるよ」
「仙人さまに、報告が出来るよ」
「お礼に、あんたのいままでの魔法を、すべてお返しするよ!」
というと、五人はぐるぐる俺の周りを手をつないで廻り始めた。
「いや、むしろ俺の欲しいのは―――」
言いかけたとき、冷たい声が遮った。
「願い事は慎重に。叶ってしまうかもしれんぞ」
ぎょっ。
として振り返ると、顔に冷たい笑顔を貼り付けた、見知らぬ老人が立っていた。
服は真っ白でボロボロだが、長いあごひげ、気難しい表情、どれをとっても人間ではない気配を感じさせる。
「仙人さまだ」
「仙人さまに、ご報告。鏡が直ったよ」
「壊されてた鏡が直ったよ」
「ケルン国、どうなってるかな」
「見ようよ、見ようよ」
こびとたちに引っ張られていても、仙人さまは微動だにせず、
「ポール。メリア。あんたらが来るのは判っていた。第二関門は、無事通過したようだが、これからの第三関門にどう立ち向かうか、そこにおぬしらのすべてがかかっておるぞ」
地鳴りのような声だった。五人のこびとたちが、こそこそ話し始める。
「まだテストするつもりみたい」
「飽きもせずによくやるね」
「つきあってらんない」
「我らは部屋の奥へ行こう」
そそくさ。ちょこまか。五人は部屋を出て、廊下の向こうへ消えていった。
仙人さまは、背中の鏡を振り返って、壁際のその鏡を眺めていたが、やがて俺の方に手を差し出して、
「最後の難関は、わしを説得して、あの兵器を倒す力を手に入れることだ」
と言い出した。
俺は、勢いよく顔をあげ、鏡に映ったあいつを眺めた。
―――兵器。
兵器だったのか、あいつは。
黒い影が映っている。
雲を突くような大男。
リルタイトすらかなわぬ、コールド・ブラスターすらはね飛ばす、あいつと戦えるのか。
まともな魔法すら使えない、この俺が。
「だいじょうぶでしょうか、オヤジもムリだったのに」
俺は、自分の身体が震えてくるのを感じた。
「あの暴君は、それにふさわしい死に方をしたのだ。惜しむ必要はない」
冷酷なまでの、仙人さまの言いようだった。
「あいつは兵器だそうですが、どこから差し向けられたんですか? 我が国は四方を雪の山脈に囲まれていて、そこを越えるのはかなり難しいのです」
メリアが、押し出すように質問する。仙人さまは、取って食いそうな笑顔を見せた。俺たちは、当惑して顔を見合わせる。
「知らないのか、なにも」
仙人さまは、あざけるような顔になり、気の毒そうに鏡をみやった。
ちょうどあの人型兵器が、がつーん、がつーんと手にした鉄球のようなもので、リルタイト製の城を崩そうとしているところだ。リルタイトは、強い物理攻撃にも耐えることが出来るが、長くは持たない。俺は思わず、鏡の方に一歩近づいた。叶うことなら、コールド・ブラスター以上の魔法を学び、あいつを倒してやりたい。
「ケルン国は、武力で隣国チリアンを制圧した。そして、絞れるだけ搾り取って、貧困の内にとどめていた」
仙人さまは、あいつを眺めながら、思い起こすように言った。
「だからこそ、わたしはケルン国領主バンガードに警告したのだ。このままにしていたら、いずれツケを払うことになると……。思った通り、ヤツがやってきた。チリアンの魔法使いたちの魔法結集によって。わしには、どうすることもできん」
「仙人さま!」
俺とメリアは、同時に叫んでしまった。見放してもらっては困る! 仙人さまだけが頼りなのだから!
俺たちは、言い合わせたように反対し、説得を始めた。
「チリアンを武力制覇したのはオヤジだ。あいつがオヤジを殺した今、俺たちの国を滅ぼす意味なんて、ないだろう」
俺がそう言うと、仙人さまは首を振って、
「チリアンにしてみれば、長い間貧困のままにされた恨みがあるのだよ。奴隷のようにこき使われて、用済みになればポイだ。まともな生活も出来ない。ケルン国の魔法使いは、みなチリアンの敵だ。ケルン国の魔法使いのために、チリアンがどれだけひどい目に遭っていることか……。判っていてしかるべきだ」
俺は、さらに言葉を重ねて、仙人さまの力を使えば、兵器を倒すぐらいたいした話ではないと言ってみた。俺たちは、大魔法使いアーヴィングに約束したのだ。夕方までに仙人さまから、あいつを倒す手段を手に入れてくると。だからどうしても兵器を倒すと言って、言い争った。
すると仙人さまは、俺の肩に手をおいてこう言った。
「お前は、このことのために、何を犠牲にするつもりだ? わしに泣きついてきても、わしには、向こうの言い分のほうが理があるとしか思えないのだ」
「だからといって、こっちが犠牲になる必要があるのか」
俺は、思わずつばを飛ばして激高してしまった。
「相手国に理不尽さを強要してきたのだ。それくらい屁でもなかろ」
仙人さまは、鼻先で笑っている。
その会話を聞いていたメリアは、つと近づいてきた。なにか、思い詰めた表情である。
「わたしがチリアン国の王子と結婚すれば」
メリアは、真っ青になったまま、強い口調でそう言った。
「王子と結婚すれば、親戚どうしになるじゃない」
「そんなのダメだ」
俺は思わず、メリアに怒鳴りつけた。
「おまえを犠牲にするようじゃ、兄として失格だ!」
「でも私だって、ケルン国の姫君なのよ? 政略結婚のひとつぐらい、どうってことないわよ」
そう言いながらも、メリアの表情にくっきりと黒い影が落ちている。俺はメリアが、むちゃを言っているとしか思えなかった。
「オヤジを殺したヤツだぞ。そんなヤツに嫁ぐなんて、不幸になるだけだ」
「でも、ケルン国を破滅から救うには、それしかないわ」
仙人さまは、剛情な俺たちの言葉に鼻先でせせら笑いながら、
「おぬしらはケルン国を滅ぼしたくないという。わしはそれは理屈に合わないという。それでは議論で日が暮れてしまう。わしとしては、時間を稼いでケルン国の自滅を待ってもよいのだが、それでは第一、第二関門を通ってきたものへの敬意が足りないというものだ。そこでわしの思うには、先ほど五人のこびとたちが戻してやったおぬしの魔力を使って、あの兵器と戦い給え。それに勝てば、問題は解決するだろう」
「戦うんですか、このヘボい力で」
俺は、首を振ってため息をついた。「ムリです。最高レベル魔法でもムリだったのに」
ところが仙人さまは、いよいよあざけるような笑みを浮かべながら、鏡と俺とを威厳を込めて見比べて、
「さきほど見せてもらったあの混合魔法は、思いつきに過ぎなかったのかね。自分が危険な目に遭いたくないから、メリアを犠牲にしても構わないと、本心では思っているんじゃないのかね」
「まさか! あの魔法は、たまたま上手くいっただけです! 今度も上手くいくとは限らない」
「一度でも成功したのだ、やってみたらどうだ」
そうなのだ。押し問答している暇はない。たしかにそれしか方法はないように思える。俺は、メリアと祖国のために、自分の持っている魔法を使って、どうしてもあの不気味な兵器と戦わなければならないハメになってしまったのだった。
心配そうなメリアの表情を見ている内に、妹のためだけでも、混合魔法を試してみようと思い立った。ためらいがちな俺をせき立てながら、仙人さまは鏡の前に俺を立たせた。
「いまから鏡の魔法で転送させる。あいつの弱点を見つけて、そこを突けばよいのだ。おぬしならできるであろう」
「できるでしょうか」
「意志あるところに道あり」
仙人さまは、にこりと笑った。

その次の瞬間。

周囲が光り輝いた。
魔法の転送が、始まったのだ。
俺はまぶしさで目が開けられなくなり、思わずまぶたを閉じた。

posted by アスリア at 07:46| Comment(0) | 創作