2017年05月01日

パルケス国の危機 (終)

がつーん、がつーんと地鳴りがしている。
目を開けてみると、城が見えてきていた。半分ほど砕けている。
夕日に散らばるリルタイトが、地面で雪のように輝いた。
見ると、すでにあの兵器が、ぎくしゃくとした足取りで、城の右半分に手を掛け、引き裂こうとしているのである。
「ポールさま! ご無事で!」
大魔法使いアーヴィングが、近くのフィールドから手を振っている。絶望で憔悴しきった頬に、涙がこぼれて飛んでいる。
「城に高レベル魔法ドラゴンズ・ブレスを掛けたんですが、もうほとんど解除されつつあります」
アーヴィングは、俺の近くに駆け寄ると、杖をたかだかとあげて、さらになにか魔法を掛けようとしている。
「仙人さまは、どうでしたか? なにか魔法を伝授されのでしょう?」
警護に当たっている親衛隊長が、焦った顔で勢いよく訊ねる。
俺は、仕方なく首を振って、事情を手っ取り早く説明した。
「わたしの魔力は、もうありません」
アーヴィングは、かすれた声で訴えた。
「あなたに魔法の力が残っていて、混合魔法が使えるのなら、百万分の一でもチャンスはありましょう」
「それは別の言い方をした方がいいな」
俺は、少しずつ砕けていく城を眺めて、拳を唇に持って行った。
「つまり、奇跡ですか」
「そうだ。奇跡は神の領分、魔法使いには手が出せない……」
だが、それに賭けるしかないのだ。
俺は、あの兵器に近づいていった。
そもそも、オヤジがはじめた戦いを、俺が始末しなければならない。
てめえのケツぐらい自分で拭けよと思いながらも、オヤジにはそれが、できなかったのだ。
あんなヤツでも、親は親。
仇を討って、この国を解放しなくちゃいけない。
俺は、嫌々魔法を繰り出した。
「スティックリー!」
どういうものか、低レベル魔法のはずのその魔法に反響するように、リルタイトが輝いた。そして、地面のリルタイトがふわりと浮き上がると、あの不気味な兵器めがけて、飴のようにくっつきはじめたのだ。
「うぐ?」
そいつは、初めて声を放った。身体にくっついている砂のようなリルタイトをふるい落とそうと、身体を揺すってみるが、リルタイトはぴっとりとくっついて離れない。
妙なもので、こうなってみると、始めは気乗りのしなかったのが、やれそうだという気分になってくる。いつか俺はリルタイトを使って、何が出来るかを考え始めていた。
ところが、である。
「おまえがなにをしようとも、このボクを止めることはできないよ!」
少年の声が、その怪物から放たれた。
俺は、衝撃を受けて耳をそばだてた。人が乗っている気配はなかったが、どうやらこの兵器には、人間が乗っているようだ。となれば、できるだけその人を殺さずに、なんとか和平に持ち越せるかもしれない。リルタイトが兵器の動きを奪っている間に、和平交渉をしてみるのもアリかもしれない。
「スティックリーを使ったら、俺が解除するまでそのままだ。どうだ、チリアン国の勇者よ。和平交渉の席につかないか」
相手は、もとよりこの国を滅ぼすつもりで、わざわざここまで出向いてきたのだから、こんな初歩魔法に負けるわけがないと、夢中になって身体をゆすってみている。が、いくらあいつが躍起になっても、リルタイトの砂は落ちないばかりか、どんどん積もっていって、兵器はまるで雪だるまのようになっていったではないか。俺は、さらにリカバリーとライトショックを混合させて、兵器を鏡のように凍らせようとした。するとチリアン国の兵器は、まるでなにかにとりつかれたような勢いで、どしんどしんと跳びすさりながら、
「こんなことがあるわけがない。ボクがここで負けたら、チリアン国のみんなに顔向けができない。ボクたちの家も、財産も、地面も、馬も、飛行車も、おまえらみんなが奪い取ってしまったんだ。負けるわけにはいかないんだ」
俺は、その刹那、誘惑を感じた。俺だって城の半分は、破壊されてしまった。領土は焦土と化して、復興は出来るかどうかも判らない。
スティックリーも、ライトショックも、リカバリーも、人を殺す魔法ではない。あいつが俺がそんな魔法しか使えないことは、知っているはずはないし、仮に知っていたとしても、兵器が使えない以上、どうすることも出来ないはずだ。
新たに武器を投入される可能性も否定できないが、いま、この時、俺が勝てば、奪われた土地も財産も戻って来るし、仇も討てる。俺はその悪魔のささやきを、はっきりと聞くことが出来た。
俺は、さらにリカバリーとライトショックの魔法を強めた。雪だるまのようになっていた兵器は、今度はリルタイト製の鏡と化して、身体がコチコチに凍り付き、指先一本と言えども動かすことが出来なくなったのである。
勝った。
兵器を、倒した。
胸の中に、熱くたぎるものを感じた。
転がるように、兵器から出てきた少年を、親衛隊たちがむんずと掴んだ。見てみると、かなりの美少年で、汗で溺れたように額に張り付いた金髪や、白い肌が印象的だった。
「殺せ!」
そいつは、叫んだ。蜂蜜色の瞳に、激しいものが宿っている。
「チリアン国に戻っても、ボクたちの家はない。ここへは死にに来たんだ、殺せ!」
「それならば、殺してやろう」
俺は、勝ち誇った声を上げながら、親衛隊に合図しようとした。まっ蒼になった相手の目の前に、親衛隊の剣が閃いた。
「待って! お願い、やめて!」
聞き覚えのある声が、親衛隊の手を止めた。
と、思うと、どういう訳か、フィールドにメリアが立っていて、強い目でこちらを見つめているのである。
「お兄ちゃん、お父さんみたいになりたいの?」
親衛隊は、少年を地面からひきずりあげた。「離せ! 無礼者!」と叫ぶ少年は、真正面に立っているメリアの瞳にひるんで黙りこくった。
「なんでもかんでも、力で押さえつけて。仇を討ったり討たれたりしていたら、復讐の連鎖は終わらないわ」
メリアは、おとなしくなった少年にかがみ込むと、そっとその手を取って言った。
「チリアン国の勇者さま。わたしたちのおかした罪を、許してください。あなたの国へ賠償させていただきますから、和平交渉に応じてください」
「そんなことは、俺が許さんぞ。いまこそ、父の仇を討ち、チリアン国を滅ぼすチャンスだ!」
つかつかと近づいて、俺は、強弁に主張した。
少年をなだめていたメリアは、その俺の視線を跳ね返した。
「それで、ほんとうにいいのかしら」
「……おまえ……」
雲がたちまち空を覆っていった。
雨が、降り始めていた。
少年の、頬にも、なにかが光っていた。
やがてざあざあ降り出した雨のなか、雪だるまになった兵器はどさりと地面に横たわり、しゅうっと湯気を上げて動きを止めた。
「あんたら、何をしたのか判っているの」
少年は、涙声で語っている。
「ボクたちには、もうなにもない。あんたらを道づれに、落ちるところまで落ちるしかないんだ」
「下を向いてちゃダメ。虹が見えないわ」
メリアは、少年の目を見つめている。
「どんな時にも、希望はあるの」
「………………判ったような口をきくんだね」
「あなたたちに攻撃されて、はじめて自分たちの愚かさを知りました。今後はチリアン国と手を携えて、一緒に復興をしていきましょう」
メリアは、少年を抱きしめる。
親衛隊は、泣いていた。
アーヴィングは、黙って頭を振っていた。
俺は、ため息が出てくるのを感じていた。
無意味な戦いをしなければ、得られないものがある、ということを、俺は知っている。
決定的な勝利を掴んで交渉を有利に運びたかったのだが……。
メリアの性格で、この世界の荒波を渡っていけるかどうか。
だが、たまには、力だけでない方法で、物事を解決するやり方も、取っていいのかもしれない……。

降りしきる雨の中、俺は仙人さまが、城をねめつけているのを見つけた。
近づくと、仙人さまは、アーヴィングに手を振った。アーヴィングも手を振り返す。
「おまえたちなら、きっと両国の溝を埋め、新しい時代を築く事が出来る」
仙人さまは、よく響く声で言った。
「おまえたちには、その資格があるのだ」
俺は、ちらりと背中の少年とメリアを振り返った。
「俺は、間違っていました」
仙人さまに、ひざまずく。
「わが国に必要なのは、新しい力ではなく、新しい知恵です」
「それは、自分たちで編み出していくものだ」
仙人さまは、笑って言った。
「そして、おまえはそれをもう、手にしている」
「え、それはどういう……」
意味ですか、という前に、仙人さまは消えていた。

雨がやんだとき、大きな虹がインパス山方面にかかっていた。
そんなに簡単なことじゃないとは思いながらも、俺は将来に明るいものを感じ始めていた。

posted by アスリア at 14:04| Comment(0) | 創作