2017年06月04日

集団旅行記

6月2日
原鶴(げんかく)温泉へ
8時11分発  鯉城バスを使った。
さわやかな青空。
コーヒー飴を先生が、せんべいを会員さん、配る
伊藤邸宅に近づくにつれ、緑が濃くなっていく
冷房も適度に効いている


添乗員にインタビューしてみたら、社章は鯉の鱗だという。かわいい社章だった。
仕事のきっかけは 旅行が好きだったらしい

会員さんのなかにはすでに疲れて寝ているひとも
防府に近づいてきた。山が綺麗だし、田園風景も綺麗だ。


昼ご飯を食べた旧門司三井倶楽部は社交クラブになっていたという。いまは二階はアインシュタイン記念ホールである。


レストランの外へ行くと、人力車が走っていた。
タイのアラは当分食べたくない、と先生。昼ご飯のタイのアラはめちゃ多かった。


Nさんに朝食のことを聞いてみた。
パンの四隅にマヨネーズを載せ堤防にして、ケチャップをチョンチョン
真ん中に卵を載せてオーブントースターでチンするとうまいらしい。
手間かかってるね。

伊藤邸宅

白蓮に捨てられた炭鉱王伊藤伝右衛門の美の邸宅は、贅を尽くしたものであるという
お庭がすてき、と先生。噴水があって、回遊型庭園でツツジが咲いていた。
伊藤の字の瓦が葺かれている
東郷平八郎の書や昔の百円札の字を書いたひとの書もあった。
水洗便所もあったし、手間のかかった部屋も見せていただいた。
たった30分しかいられず、立て板に水の説明、膨大な話の内容に、メモをとる暇もあらばこそ、「次はこっち」「次行こう」とせかされて参った。


行き帰りの道にお土産屋があって、「成金饅頭」の文字が……

つぎは天満宮。名物は梅がや餅と梅ひじき。
道真がここに来たとき、梅の木が道真を慕って飛んできたという「飛び梅」もあった。
字の上手で有名な会員さんが、「アレに負けない字を書いてちょうだい」と言われてこまっていた。


宝物殿で書を見たが、それほど上手とは思えなかった(こら)
それよりアヤメが咲いていたというところへ行きたかった。


中国人や韓国人が観光で来ていた。道真公は、かれらにも御利益を授けるのだろうか。
宿へ行く途中の道の駅に飾られていたのはスイカである。広島でもスイカが出ているからふしぎではないが、義母はスイカがきらいなのだった。

宿
部屋番号は1603
ややこしい造りの建物で、迷いそうになった。原鶴(げんかく)温泉という。生理のため行けなかった。義母はいろいろな人から、「お嫁ちゃんは?」と聞かれたらしい。


4人で泊まったのだが、同室になったDさんが旦那のグチを言うのは閉口した。
夕食はごちそうにキリンの地ビールが出た。養老院の話になり、小遣いがないために苦労をしている入居者の話と、遺産が一千万円未満のひとたちの織りなす醜い相続争いの話(とくに自営業)など、老いと死の問題がでた。年寄りの関心事は、残していく人たちと自分の病気である。ネタだ。

3日
  三連水車の里朝倉でお茶を買う(撮影禁止)
頻尿のため、なにか方法があればスマホで教えて欲しいと先生。八味丸を調べて欲しいというのだが、材料は出てこなかった。
その後、柳川へ。ウナギ蒸籠が名物だが、わたしと義母とNTさんは牛肉を頼んだ。牛肉の蒸籠は、肉の少ない牛丼のような味がした。


それまでは椅子だったのに、今回は座敷に座らされたので会員さんが文句を言うと(年寄りで座れない人がいるのだ)、この柳川には外国人が多いので、そっちのひとは座敷は無理だからと添乗員に説明されてしまった。
そのまま立花家を見学、豪華な邸宅!  むしろ屋敷! 伊藤邸宅がかすんで見える。


出発したあと、いつの間にか寝てしまったらしく、ノミのラクダ、IQ50の風というものが夢に出る。

先生 鼻血が出てスマホで救急法を出してくれとリクエストされる。すぐ対処する。スマホによると意外にも、冷やしたらいけないらしい。20分小鼻をつまんで下を向くこと、と書いてあった。20分後に復活する先生。びっくりしたわたし……。


あとで「アプリってなに?」と聞かれて、「コンピュータへの命令書」って答えたけど、写真や万歩計や動画などをコンピュータにさせる命令書と言えばよかったかも。

宗像大社、神宝館
参拝したのは、イツキシマという宮島とおなじ女神様である。沖ノ島と関係があるらしく、神宝館ではビデオクリップが放映されていた。


「十円で十個以上のお願い事をした」
というひとがいて、思わず吹き出してしまったが、わたしはお願い事はしなかった。特にお願いすることもないというのが主である。防府天満のときは、「作家にさせてください、作家で暮らしていけるぐらいになりたいです」とかお願いしていたのだが、イツキシマさんは文章とは関係なさげだ。門前払いが関の山であろう。


宗像大社は、天孫が日本に降臨するときに、天照大神から先触れとして降臨した三人の神を祀ってあるという。神宝館のなかは階段があり、発掘された古代の遺品(国宝)が展示されている。「陰気くさい」と義母はげんなりしていた。

最終日夕食はガストでチーズインハンバーグを食べて、8時頃帰宅。シャワーを浴びて寝た。

 

全体を振り返って
階段や歩く場面が多く、年寄りには厳しい行程ではないだろうかと思った。義母は「修学旅行みたい」と言っていたが、たしかにそういう面はあるようだ。
「もう神社巡りはこりごり」と足をさすりつつ義母が言うのを聞きながら、今回の旅行は親睦になったから、まあいいかと思った。


 


今回行ってよかったのは、養老院の話と公務員の老後の話など聞かせていただいたこと。厳しい現実と、それに立ち向かおうと情報収集していくおばちゃんたちのたくましさは、見習わねばならない。こういう場がないと、なかなかそういうシーンには出くわさないので、サークル活動をしていてよかった。年上ばかりで気を使うことも多いのだが、そのぶんかわいがってくださるので、楽と言えば楽である。ものはとらえ方次第だ。


  先生の元カレが婚家のおばあちゃん(元教師)に教わっていて、「先生の娘さんが、わたしの生徒なのよ」と話題になったことがある、と先生が懐かしそうに言っていた。百万都市広島であり得ないほどの偶然であつまった人々。ここに来るのは運命だったのだろう。もうこのサークルで旅行にでかけることもないだろうと思うと、ちょっと寂しい気もする。年というものは、いやでも取っていかねばならないのだ。どうやって生きていくか、残していくものはなにかを考えて、わたしも生きていこう。前向きになれた今回の旅行だった。

posted by アスリア at 12:57| Comment(0) | エッセイ