2017年07月12日

銀河ドライブイン【虹】001 ドラゴンのしっぽ

がんがんがんがん。
ドライブインの隔壁|《シャッター》を、叩く音。
いやな予感しかしなかったので、藍川 素子はそしらぬ顔で、店内を掃除し続けていた。

店の後片付けが終わったら、宿題が待っている。店はもう、閉まったのだから、相手をする必要はないはずだ。

この銀河ドライブイン【虹】は、平凡な宇宙ステーションだ。銀河連邦と敵国ハイドライド帝国との国境付近に位置しており、それなりに客も入るがさびれかけたドライブインである。藍川 素子には、藍川 源三という料理人の祖父もいる。

「おい、いるのはわかってるんだぞ! 客が来たんだから、接待しろ!」
あきらかに、酔っ払いの声である。へーん、銀河条例で、午後9時には店を閉めることになってるんですよーだ。

相手にしたら、逆ギレされかねない。早いとこ片付けて、さっさと家へ転送しよう。
皿を洗浄機にかけ、スイッチを押し、店のレジを閉めにもどったところで―――。
シャッターが、《《へしゃげた》》。

ギョッとして、素子は店のシャッターを見つめた。数トンの重量がかかっても壊れないというこのシャッターは、そんじょそこらの力では壊れないはずなのだ。

がーん、がーん。
音がするたびに、シャッターがゆがみ、へこみ、ついには大きな穴が開いた。
しゅわー。

空気が漏れていく。慌てて素子は、エネルギー障壁のスイッチを押した。空気は止まったが、客は去る気配はない。警報が鳴っている。

その向こうに立っていたのは。
「ど、ドラゴン……!」
全長3メートルはあろうか。鼻から煙を出し、背中にはコウモリ翼。七色に光る鱗。剣呑な爪。恐竜ティラノサウルスよりおそろしい。

「さあ客だぞ! 飯を食わせろ」
ドラゴンは、ぶっきらぼうにずかずか入ってきた。足元に、シャッターの破片が転がっている。
「なにするんですか! 警察呼びますよ!」

素子が叫ぶと、ドラゴンは、
「警察は、今、連邦の王女を警護するため出払ってるさ。この店には、おまえしかいないのか?」

「源三じいちゃんは、もう帰りました」
こんなのを相手にしていたら、じいちゃんまで食われてしまう。素子はしっかりしなきゃと自分を叱りつけた。

ドラゴンは、ズラリと並んだ歯を見せて笑った。
「それなら、おまえが食事を出せ」
「え」
「ここの料理は、銀河中でも評判だ。孫のアンタにだって、ある程度のことはできるだろう。満足できる料理ができなけりゃ、俺はお前を食ってやる」

ぷしゅーっ!
  ドラゴンが、鼻から煙を吹き出した。素子は思わず震え上がってしまった。
店はすっかり暗い。奥の座敷部屋にじんどり、ドラゴンは料理を待つ体勢である。ここはカウンターと座席があるドライブインで、こうした酔っぱらいも時々来ることがある。

間のわるいことに、じいちゃんは明日の仕込みに出かけてしまったのだ。
とにもかくにも、作らねばならない。冷蔵庫に、なにが残っていたっけ?
素子は、厨房へとすっ飛んでいった。


あるのは、卵とキャベツと青ネギとソーセージであった。
じいちゃんの作ってきた料理を、見よう見まねで作ってみる。
こんなもので、ドラゴンを満足させられるのだろうか?
疑問が湧いてきた。正直、自信はまったくない。

この程度の材料で作れる料理なら、日本人ならだれでも作れそうだ。
じっちゃんに知られたら、「看板に傷がつく」とドヤされるだろうな。
なんであれ、腹を空かせたドラゴンを、そのままにしていたら、厨房までやってきて食われてしまう。

ひととおり、料理ができると、素子はおずおずと、その料理をドラゴンに差し出した。
ドラゴンは、皿を一瞥すると、

「おれに、野菜を食えってか?」

不機嫌に、聞いてきた。
素子は、改めて料理を見た。

ソーセージは、タコさん。
卵と青ネギは玉子焼き。

「俺は肉食だ。キャベツは食わん」
ドラゴンは、言った。

そしらぬ顔で、たっぷりマヨネーズのキャベツが皿に載っている。ウインナーがそばにちょこんと添えられていた。

「けけけけけ、健康のためには、食べた方がいいですよ」
素子は、足がガクガクしてきた。

「俺はこれから、レアメタル掘削現場に行かにゃならんのだ。体力をつけるためには、ステーキのひとつも出してもらわんとな」

「でも、食材は、それしか―――」
「てめえの都合を聞いてるんじゃねえ!」

ドラゴンは、ぼおっと炎を吐いた。
「ステーキを出すのか出さねーのか、ハッキリしやがれ!」

もうダメだ。食われてしまう。素子は、覚悟を決めて両目を閉じた。
「ステーキは、売り切れてしまったんです」
  ドラゴンは、舌なめずりをして素子を上から下まで眺めた。

「おまえは、肉付きも良さそうだ。丸焼きにしてみよう」
のし、のし、のし。
近づいてくる足音。

そのときだった。

「お客さん、あんたの要望は、きっちり聞こう」

声とともに現れたのは、源三じいちゃんだった。厳つい顔に、気難しい表情を浮かべ、白いエプロンに和服姿。
「どうしてここへ?」
と、素子がささやくと、
「警報が鳴ったんで、市場から急いで転送してもらったんだ」と、じいちゃん。
しかしその会話は、ドラゴンには聞こえていない。

「ほお、自信があるのか」
ドラゴンは、その瞳の光彩を細めた。
「あるとも。うまいステーキを食わせてやる。その代わり、あんたのシッポを切って寄越してほしい」

じいちゃんは、平然と言った。
「なんだとぉ!」

座席に横たわっていたドラゴンが、がばっと立ち上がった。このドライブインの天井ギリギリ体長3メートル。もちろん、ドラゴンとしてはかなり小さいが、源三が168センチだから、見上げるばかりである。

「おとなしくしてりゃ、いい気になりやがって! 俺のシッポを寄越せだと! 舐めるんじゃねえ!」
「じゃ、何も食べずにお帰りください。器物破損で警察が来ますよ」

ありゃー。あたしの作ったの、食べさせてくれないの? 素子は、そんな場合ではないのに、少なからずがっかりした。

「警察……」ドラゴンは、酔いがさめたようすだった。
「王女の護衛で忙しかったんじゃないのか」
「わしには特別なコネがあってね」

「……コネか……。なるほどね。たしかにわるかった。シャッターをぶっ壊したりして。腹が減ってたんだ。しょうがない、寄越せ。そのマズそうなの、食ってやる」
ドラゴンは、素子の差し出す皿をぶんどり、《《皿ごと》》食べてしまった。
みるみる、喜色満面になっていく。

「ふむ、わるくないな、この固い感触」
「―――皿ですから……」
素子は、ぼそっとつぶやいた。

  バリバリ、ドラゴンの口の中で皿がはじけている。

「ふむふむ。この皿の軽やかな味わいと、キャベツのさわやかさ、玉子焼きのしっとりした感触のハーモニー。実に奥深い」
  すっかり満足したようだった。

「おやじ。この子は、料理のセンスが抜群だな。量はどうってことはないが、味は絶品だ」
「お褒めにあずかり、光栄です」

「これで少しは小腹が満足した。ステーキは食えなかったが、カネはきちんと払わせてもらう。もちろん、シャッター代もな」
「ありがとうございます」

 

黄金を払ってドラゴンが立ち去っていくと、じいちゃんは素子に言った。
「なぜ、シャッターが壊されそうになったときに、わしを呼ばなかったのだ!」

なにをしても、どやすのが、かれのスタンスなのである。素子は、ひゃっと首をすくめた。
「でも、よかった。一時はどうなるかと思った」
「ごめんなさい」

「わしにひとこと相談すれば、ステーキのひとつぐらい用意していたのだ。なんでも自分で解決できると思っちゃいけない」

そうなんだ。素子は、じいちゃんをまた、見直してしまった。
「ちなみに、どんなステーキ?」

「―――ミドリムシ」

「……」
じいちゃん、それはダメでしょう。と思った素子であった。

posted by アスリア at 07:26| Comment(0) | エッセイ

2017年07月19日

銀河ドライブイン【虹】 002 ひらひら宇宙海賊とB級グルメ

銀河ドライブイン【虹】002

            ひらひら宇宙海賊とB級グルメ

薄型テレビに映像が映った。
「おはようございます! 銀河暦320年5月4日月曜の朝5時30分です。今日の天気は晴れ、ハイドライド帝国の宇宙海賊がクジラ星系に出没するかもしれません。気をつけてください」
素子は、眠い目をこすりながら、ベッドから起き上がった。戦争中でもゴールデンウィークは、ごたぶんにもれず、どこの業界もかき入れ時だ。


素子は高校二年生である。一キロ以内ならテレポートできる簡易転送装置を使うので、昼ご飯は、じいちゃんの作ってくれた料理である。学校で売られている弁当や売店のパンを食べたことはない。簡易といえども転送装置は高い道具なので、家でおいしい料理を食べられる素子はうらやましがられる。


と言っても。
学校の宿題をする暇がない。ゴールデンウィークにも働かされるのはたまらない。どこの家にも自動料理作成装置があるというのに、なんでわざわざ料理店を出しているのか、理解に苦しんでしまう。


―――みんな、クジラ星系に行ってるんだろーなー。
たいへんな野次馬である仲良しの中西 香津美や、大村 令子を思い出しながら、素子はいつものドライブイン用のメイド服に着替えた。素子の服は白いフリルの着いた、かわいいピンクのエプロン。動きやすいスカートと、趣味のいいブラウスを着ている。


宇宙海賊は、銀河連邦の許可をもらって敵国ハイドライド帝国に対して海賊行為を働く団体で、上納金を政府に納めるという仕組み。もちろん反対意見はあるが、ハイドライド帝国も海賊行為を働くからお互いさまというのが上層部の意見だ。帝国側の海賊行為がいつ起きるかは、予報士が教えてくれるのだが、外れることもあるので、油断はできない。


香津美や令子は金持ちではないが、乗っている宇宙船は『銀河コンツェルン』の運営する宇宙船。いちばん安い席を取っているという。今回の予報を聞いたら、きっとキャーキャー言って喜ぶだろう。
「じいちゃんが、行かせてくれるわけもないか。仕事仕事」
ぶつくさ言いつつ、リビングからターボリフトで下りて店の中へと入っていく。すでに厨房からは、ベーコンの焼けるいい匂いがしている。


―――じいちゃん、乗ってるな。
源三じいちゃんが朝食に油を使うときは、ご機嫌である場合が多い。なにか、いいことがあったのだろう。仕入れが安かったとか、常連さんから褒められたとか、新規客が増えたとか、ミシュランの星が増えたとか。
素子は、厨房に顔を覘(のぞ)かせた。いつも作る、納豆ごはんとアジの干物にワカメの酢の物という質素なメニューは、今日は珍しくベーコンエッグにほうれん草の炒め物、そして白いパンである。うちは和食が中心だが、洋食ももちろん守備範囲なので、メニュー自体は驚くことはない。むしろ、朝っぱらからこんな食事を作る、というじいちゃんの気持ちがよくわからないから不気味である。


「おはよ……」
おそるおそる、声をかけてみた。
「おう。今日は大切な客が来るぞ。二十年ぶりの親友だ」
じいちゃんは、鼻歌を歌いながらそう言った。
二十年というと、素子の生まれる前だ。きっとものすごい年寄りで、気むずかしくて、頑固者で、ちょっと話しかけるとガミガミいうような、そんなおっさんに違いない。


いまからブルーになりながら、素子はじいちゃんに、
「なにを作るの?」
とりあえず聞いてみた。
「うん? いつものがいいだろうな。おまえ、作ってみるか?」
じいちゃんは、ニヤニヤ笑っている。

 


いつもの、というのは、ハンバーグ定食のことである。デミグラスソースが決め手の、肉汁たっぷりのハンバーグが、フライドポテトとにんじんのグラッセとともに提供される。いちばん人気のメニューで、じいちゃんがB級ミシュランで星3つを獲得したのも、このハンバーグ定食によるところが大きい、と素子は踏んでいる。
「え、わたしが作ってだいじょうぶなの?」


素子は、あたふたしてしまった。ハンバーグ定食は、じいちゃんの得意料理でもある。素子は、たしかに普通の高校二年生にしては料理は得意な方だろうが、それでもまだまだじいちゃんにはかなわないと思っている。それを、二十年ぶりの友人に出せというのだ。無理に決まってる。
「冗談じゃよ。さ、そろそろ仕込みをはじめるぞ。おまえはキャベツを切ってくれ」


素子は、がっくりと肩を落として厨房の中に入った。このところ、キャベツの千切りばかりさせられている。そろそろ、料理を教えて欲しい。この店、【虹】を受け継ぐのは、わたししかいないんだもの。
おじいちゃんが、デミグラスソースを作った。キャベツを切った素子は鬼のようにじゃがいもとにんじんを切ったあと、店のシャッターを開けた。すると、その向こうにいたのは、見たことのない女の子だった。


まず、髑髏マークをつけた三角帽子を頭にかぶっている。顔は卵形で、金色の瞳。服は、いかにも軍人という風体の黒い制服に、黒くてひらひらのフリル付スカート。靴はピエロみたいに先がとんがっている。
年の頃は、素子とおなじように見える。耳がとんがっていた。


「いらっしゃい……」
おずおずと、そう呼びかけると、その少女はいきなり、軍服のマントを翻して、こう宣言した。


「銀河ドライブイン【虹】よ! ここはわれら宇宙海賊【誠福丸】が占拠した! ありがねをすべていただこうか!」


  素子は、きょとんとなった。
「えーと、あなたは……?」


「宇宙海賊【誠福丸】船長、真崎ひかるだ!」
「へー」
ハイドライド帝国の金持ち相手に略奪行為を繰り返す宇宙海賊が、うちみたいな貧乏ドライブインを占拠する。このあり得ないシチュエーションに、素子は完全に麻痺してしまっていた。


ドライブインの中から、源三じいちゃんが現れた。
「おお、ひかるちゃんじゃないか。二十年ぶりだな!」
じいちゃんは、どうみても高校生にしか見えないその人物に駆け寄ると、しわだらけの手でそのみずみずしい手を握りしめた。


バラバラっと人が現れた。みな、軍服を着ている。頬に傷のあるもの、頭にバンダナをつけているもの、度のつよいメガネをかけている女の子、太った男……。
「お嬢さん、ここがそうなんで?」
いかにもツワモノ、という強面の男が、ひかると名乗った女の子に呼びかける。


「そうだ! はやくありがねをよこせ!」
ひかるは、傲岸不遜な態度でそっくりかえっている。
「えーと、うちには、財産なんてありません……」
素子は、小さな声で反論した。


ぎぬろ、と周囲がにらみつけてくる。とても遊びとは思えない迫力だ。そもそも、宇宙海賊はクジラ星系に行っていたはず。うちなんかに、なんで来るのだろう?
「いらっしゃい、ひかるちゃん。まあ、なにか食べて行きなさい。イベントが待ってるんだろう」
源三じいちゃんは、ニコニコ笑って言っている。


「これは、遊びではない! マジである!」
ひかるは、いきり立ってそう言った。目を吊り上げ、はったとにらみつける。素子は、その迫力に背筋が凍り付き、全身が硬直するのを感じた。相手の瞳は金色に輝いている。宇宙海賊―――。ひかるは、一流海賊集団の頭だ。バックボーンには、巨大な闇組織が存在するという話もあるが、ちゃんと銀河連邦政府と取引しているのだから、たぶんそれは根も葉もない噂であろう。もし、ヤバいことになったら、公式の海賊免許を取り上げられてしまうはず。


……はずだけど、あの態度はちょっと……。
素子は、源三をこっそり盗み見した。じいちゃんは、あいかわらず上機嫌で、目尻を下げて少女の手を握りしめ、上下にぶんぶん振り回している。うるさそうに引っ張りながら、ひかるは帽子をはらりと脱いだ。


美しい金髪が、流れるようにこぼれ落ちてきた。宇宙ステーションのあかりの下で、髪が天使の輪を描く。帽子をとなりの子分にわたすと、彼女は、
「では、ありがねをいただこうか!」


と言って、中に入っていった。
どやどや、と子分たちがそれに続く。源三じいちゃんは、そそくさとカウンターの向こうへと消えていく。素子は、どうしていいのかわからずに、ただぼんやりとその様子をながめている。


「さっさと水を持ってこい!」
少女が、でんとカウンターに腰を下ろすと、足を組んで偉そうに命令した。源三じいちゃんは、はいはい、と笑いながら、カウンターの向こうに行き、コップにお冷やを汲んで渡す。
「で、どうなんだい、商売の方は」
源三じいちゃんに、ひかるは呼びかけた。ありがねをいただこうか! と言ったわりには友好的である。素子は、さりげなくじいちゃんとひかる一団を見比べた。


海賊にありがちな、いかがわしさはほとんどなく、むしろアイドルとそれを警護する一団、という雰囲気がする。少女が思ったより若くて美人で、スタイルもいいからなのだろうが、彼女の醸し出すカリスマ的空気が、その場に華やかさを放っている。これで「ありがねをいただこうか!」と言われた男は、一も二もなく全財産を差し出すだろう。


―――じいちゃん、まさか、老いらくの恋ってやつ?
じとーっと疑いの目で見ていると、じいちゃんが奥から怒鳴った。
「そんなところで突っ立ってないで、ほかのお客さんにもお冷やを出せ!」
ひゃっ!
じいちゃん、こころを読んだとか?


素子は首をすくめ、さっと厨房に駆け寄ると、コップをカタカタ言わせながら5つばかり用意した。子分たちは全部で5人いたからである。
震える指でコップを配っていると、じいちゃんとひかるは二人で盛り上がっていた。


「懐かしいねえ、ここへ来るのは二十年ぶりだ! 息子さんはどうしたんだい」


「宇宙パトロールで事故に遭ってなあ……。母親は病死してしまったから、血縁といえるのはこの孫の素子だけだ」


ひかるは、真冬に蝶を見るような目で素子を眺めた。金色の瞳に、引き込まれそうな気持ちになってくる。素子は、その瞳から目がそらせなかった。頭の中を、探られているように感じる。


「なるほどね。この子は将来性がある。うちのプロダクションに来て、いっしょに宇宙海賊をやらねーか?」
厚ぼったい口から、そんなことばが飛び出してきて、うっとりと瞳を見ていた素子は心臓が止まりそうになるほど驚いた。


「わ、わたしが宇宙海賊?!」
「ハーフエルフ族のあたしが仕込めば、一流の宇宙海賊も夢じゃないぜ。もちろん、修行期間は必要だが、あんたは筋がよさそうだ」


素子は、自分が宇宙海賊になって、金持ち相手に宝石を奪うシーンを想像しようとしてみた……。ムリでしょう。
「おいおい、宇宙海賊になるには、この子はもう、薹(とう)が立ち過ぎてるぞ。なんの訓練もしていないし、そもそもこの子は、ドライブイン屋になるのが夢なんだ、だろ?」


じいちゃんは、笑いながら言っている。
―――ひとの将来を、勝手に決めないでよ。
と思いつつも、ドライブイン屋以外の就職口は、あまり考えていない素子である。
「そうかい。まあ、いいけどよ」ひかるは、少し身を乗り出してきた。


「今日来たのはほかでもねえ。ハイドライド帝国の宇宙海賊、【バハムート】の動向を知りたいためだ」
「ハイドライド帝国? 交戦状態にあるあの帝国か?」


じいちゃんは、ちょっと不機嫌になった。
ハイドライド帝国は、自分の領土と手前勝手な価値観を広げることしか眼中にないテロリスト集団の帝国なので、民主制の宇宙連邦とは交戦状態にある。そういえば、その国境近くにあるこの【虹】にも、ときどき、帝国側の人たちが現れては、こっそりハンバーグ定食を食べて帰る。見たところは、紅白歌合戦の演歌歌手みたいな派手な衣服でびっくりさせられるが、さほど脅威は感じない素子である。


「そんな連中のことなど、知らん」ぶすっと、じいちゃん。
「かばうのかい?」
むしろ、楽しそうにひかるは言った。
「いちいち、客のえり好みをしていたら、商売にならん」


じいちゃんは、つっけんどんに答える。
「まあいい。あたしは、【バハムート】の船長に、伝言があってね。このあいだ、海賊行為の最中にエンジントラブルがあったとき、どういう風の吹き回しなのか、アイツに助けてもらったんだ。恩は返さにゃならん。だから、今度船長に会う時があったら、あたしからの奢りだと言って、ハンバーグ定食を食わせてやってくれないか」


ひかるは、真剣な顔で言った。
「―――船長の顔も知らんのに、できるか」
じいちゃんは、がんこな口調である。
ひかるは、3Dスマホを駆使してその映像を宙空に出した。船長は、なんと人間で、美しい巻き毛に恐れを知らぬ青い瞳、どことなく幼さを漂わせながらも背筋をぴんと伸ばした少年の姿をしていた。


「百二十年ぶりの一目惚れなんだ」
と、ひかるは、ポッと顔を赤らめた。
「よろしく頼むわ」
  じいちゃんは、にたりと笑った。
「今日も、ハンバーグ定食でいいんだな? デミグラスソースたっぷりで」
「ああ、たっぷり」

 

 

この店では、どんな料理でもかならず箸が出てくる。いちおう、ナイフとフォークも用意されているのだが、そんなものを不用意にここで使おうものなら、


「二度と来るな!」


とじいちゃんにドヤされかねない。
なので、ひかるは箸を手元に置き、
「主よ、日用の糧を今日もありがとうございます」
と祈りを捧げ、箸を取り、「いただきます」とフライドポテトを食する。
となりの子分が、涙を流し始めた。


「うめーっ!」
「ポテトぐらいで感動するな、ボケ」
ひかるは、子分をぽかりと殴った。
「だってよー。うちの台所では、こんなにほくほくのじゃがいも、作ってねーしよー」


「なにせ二十年ぶりだ、特別なツテをたよった」
とは、じいちゃん。純粋に、嬉しそうだ。
「肉のそばに添えられたにんじんの甘みやじゃがいものポクポクした食感とあとくち。これは二十年前よりずっとうまくなってるな。さすがB級星3つ」


と、ひかる。
「さらにそれを彩るデミグラスソースも、酸っぱいトマトとタマネギを、じっくり溶けるまで煮込んでる。これが肉汁たっぷりのハンバーグを引き立ててる。やはりハンバーグ定食は、地球産がいちばんだな」
素子は、うれしくてその場を跳ねまわりたくなった。じいちゃんの料理が褒められるのは、いつだって嬉しいものだ。子分たちは、すでに無言でハンバーグを平らげているところである。


「めったに来れないのが残念だ。仕事が忙しくなければ―――」
言いかけたひかるは、ふと、背後に気配を感じて、腰のビーム銃に手をやった。
「あたしの背後に立つな!」
いきなり、背後を振り返るなり、ビーム銃をぶっ放……
そうとして、凍り付いた。


「ジャック! ジャック・オライオン!」


そこにいたのは、ハイドライド帝国【バハムート】船長であった。
「やあ、ごぶさたしてます」
ジャックは、礼儀正しく頭を下げた。三角帽子がころりところがり、黒い髪がはらりと見える。ひかるはジャックに、「ちょうどいい。ハンバーグ定食をおごってやる」と、隣の席を指さした。


「はんばあぐ定食?」
ジャックは、不思議そうに言いながら、カウンターに座って、出された料理を見つめた。
「ただの丸い肉の塊では?」
「まあ、食べてみな」
ジャックは、ひとくちほおばった。


「おお! この香ばしい肉のかおり! ギリギリまで焼いた表面のさくっとした食感。こんなに細切れになった肉は、食べたことがない! その大きさに合わせて切られたタマネギも、甘みを醸し出して肉汁と絡み合っている! 噛めば噛むほど、うまさでとろけてしまいそうだ! 塩と香辛料とデミグラスソースをかけただけなのに、こんなにうまくなるなんて!」
「だろ、だろ?」
自分の手柄のように、ひかるはニコニコ笑って言った。

 



二人が、仲良く勘定を済ませて帰っていくと、素子はふしぎそうに言った。
「どうしてジャックは、ひかるさんがここに来ることを知ってたのかしら」
「わしが知らせたのさ」
「なんでまたそんなことを」


素子は、腰に手をやった。
「相手は、帝国の宇宙海賊なのよ? こっちに来てることがバレたら、一味だと思われて逮捕されちゃうわよ」
「わしの料理をうまいと言うヤツに、わるいヤツはいない!」

じいちゃんは、果断に言った。
「現に、ちゃんと支払いを済ませて帰って行ったじゃないか。またくるときは、赤ん坊でも連れてくるかもしれんて」
帝国と連邦の長い諍いを知っている素子としては、そんな夢みたいな事が起こるわけがないと思うのだが、じいちゃんは厨房に向かいながら、


「さあ、そろそろ本格的に営業開始だ! 早く片付けて、準備をしろ!」
ドライブインのおひるは、十一時からである。素子は食器を洗食機に入れると、ふたたびキャベツを鬼のように刻み始めた。
窓の外では、アステロイドの氷虹がかかっている。今日も忙しくなりそうだ。

posted by アスリア at 07:20| Comment(0) | エッセイ