2017年07月12日

銀河ドライブイン【虹】001 ドラゴンのしっぽ

がんがんがんがん。
ドライブインの隔壁|《シャッター》を、叩く音。
いやな予感しかしなかったので、藍川 素子はそしらぬ顔で、店内を掃除し続けていた。

店の後片付けが終わったら、宿題が待っている。店はもう、閉まったのだから、相手をする必要はないはずだ。

この銀河ドライブイン【虹】は、平凡な宇宙ステーションだ。銀河連邦と敵国ハイドライド帝国との国境付近に位置しており、それなりに客も入るがさびれかけたドライブインである。藍川 素子には、藍川 源三という料理人の祖父もいる。

「おい、いるのはわかってるんだぞ! 客が来たんだから、接待しろ!」
あきらかに、酔っ払いの声である。へーん、銀河条例で、午後9時には店を閉めることになってるんですよーだ。

相手にしたら、逆ギレされかねない。早いとこ片付けて、さっさと家へ転送しよう。
皿を洗浄機にかけ、スイッチを押し、店のレジを閉めにもどったところで―――。
シャッターが、《《へしゃげた》》。

ギョッとして、素子は店のシャッターを見つめた。数トンの重量がかかっても壊れないというこのシャッターは、そんじょそこらの力では壊れないはずなのだ。

がーん、がーん。
音がするたびに、シャッターがゆがみ、へこみ、ついには大きな穴が開いた。
しゅわー。

空気が漏れていく。慌てて素子は、エネルギー障壁のスイッチを押した。空気は止まったが、客は去る気配はない。警報が鳴っている。

その向こうに立っていたのは。
「ど、ドラゴン……!」
全長3メートルはあろうか。鼻から煙を出し、背中にはコウモリ翼。七色に光る鱗。剣呑な爪。恐竜ティラノサウルスよりおそろしい。

「さあ客だぞ! 飯を食わせろ」
ドラゴンは、ぶっきらぼうにずかずか入ってきた。足元に、シャッターの破片が転がっている。
「なにするんですか! 警察呼びますよ!」

素子が叫ぶと、ドラゴンは、
「警察は、今、連邦の王女を警護するため出払ってるさ。この店には、おまえしかいないのか?」

「源三じいちゃんは、もう帰りました」
こんなのを相手にしていたら、じいちゃんまで食われてしまう。素子はしっかりしなきゃと自分を叱りつけた。

ドラゴンは、ズラリと並んだ歯を見せて笑った。
「それなら、おまえが食事を出せ」
「え」
「ここの料理は、銀河中でも評判だ。孫のアンタにだって、ある程度のことはできるだろう。満足できる料理ができなけりゃ、俺はお前を食ってやる」

ぷしゅーっ!
  ドラゴンが、鼻から煙を吹き出した。素子は思わず震え上がってしまった。
店はすっかり暗い。奥の座敷部屋にじんどり、ドラゴンは料理を待つ体勢である。ここはカウンターと座席があるドライブインで、こうした酔っぱらいも時々来ることがある。

間のわるいことに、じいちゃんは明日の仕込みに出かけてしまったのだ。
とにもかくにも、作らねばならない。冷蔵庫に、なにが残っていたっけ?
素子は、厨房へとすっ飛んでいった。


あるのは、卵とキャベツと青ネギとソーセージであった。
じいちゃんの作ってきた料理を、見よう見まねで作ってみる。
こんなもので、ドラゴンを満足させられるのだろうか?
疑問が湧いてきた。正直、自信はまったくない。

この程度の材料で作れる料理なら、日本人ならだれでも作れそうだ。
じっちゃんに知られたら、「看板に傷がつく」とドヤされるだろうな。
なんであれ、腹を空かせたドラゴンを、そのままにしていたら、厨房までやってきて食われてしまう。

ひととおり、料理ができると、素子はおずおずと、その料理をドラゴンに差し出した。
ドラゴンは、皿を一瞥すると、

「おれに、野菜を食えってか?」

不機嫌に、聞いてきた。
素子は、改めて料理を見た。

ソーセージは、タコさん。
卵と青ネギは玉子焼き。

「俺は肉食だ。キャベツは食わん」
ドラゴンは、言った。

そしらぬ顔で、たっぷりマヨネーズのキャベツが皿に載っている。ウインナーがそばにちょこんと添えられていた。

「けけけけけ、健康のためには、食べた方がいいですよ」
素子は、足がガクガクしてきた。

「俺はこれから、レアメタル掘削現場に行かにゃならんのだ。体力をつけるためには、ステーキのひとつも出してもらわんとな」

「でも、食材は、それしか―――」
「てめえの都合を聞いてるんじゃねえ!」

ドラゴンは、ぼおっと炎を吐いた。
「ステーキを出すのか出さねーのか、ハッキリしやがれ!」

もうダメだ。食われてしまう。素子は、覚悟を決めて両目を閉じた。
「ステーキは、売り切れてしまったんです」
  ドラゴンは、舌なめずりをして素子を上から下まで眺めた。

「おまえは、肉付きも良さそうだ。丸焼きにしてみよう」
のし、のし、のし。
近づいてくる足音。

そのときだった。

「お客さん、あんたの要望は、きっちり聞こう」

声とともに現れたのは、源三じいちゃんだった。厳つい顔に、気難しい表情を浮かべ、白いエプロンに和服姿。
「どうしてここへ?」
と、素子がささやくと、
「警報が鳴ったんで、市場から急いで転送してもらったんだ」と、じいちゃん。
しかしその会話は、ドラゴンには聞こえていない。

「ほお、自信があるのか」
ドラゴンは、その瞳の光彩を細めた。
「あるとも。うまいステーキを食わせてやる。その代わり、あんたのシッポを切って寄越してほしい」

じいちゃんは、平然と言った。
「なんだとぉ!」

座席に横たわっていたドラゴンが、がばっと立ち上がった。このドライブインの天井ギリギリ体長3メートル。もちろん、ドラゴンとしてはかなり小さいが、源三が168センチだから、見上げるばかりである。

「おとなしくしてりゃ、いい気になりやがって! 俺のシッポを寄越せだと! 舐めるんじゃねえ!」
「じゃ、何も食べずにお帰りください。器物破損で警察が来ますよ」

ありゃー。あたしの作ったの、食べさせてくれないの? 素子は、そんな場合ではないのに、少なからずがっかりした。

「警察……」ドラゴンは、酔いがさめたようすだった。
「王女の護衛で忙しかったんじゃないのか」
「わしには特別なコネがあってね」

「……コネか……。なるほどね。たしかにわるかった。シャッターをぶっ壊したりして。腹が減ってたんだ。しょうがない、寄越せ。そのマズそうなの、食ってやる」
ドラゴンは、素子の差し出す皿をぶんどり、《《皿ごと》》食べてしまった。
みるみる、喜色満面になっていく。

「ふむ、わるくないな、この固い感触」
「―――皿ですから……」
素子は、ぼそっとつぶやいた。

  バリバリ、ドラゴンの口の中で皿がはじけている。

「ふむふむ。この皿の軽やかな味わいと、キャベツのさわやかさ、玉子焼きのしっとりした感触のハーモニー。実に奥深い」
  すっかり満足したようだった。

「おやじ。この子は、料理のセンスが抜群だな。量はどうってことはないが、味は絶品だ」
「お褒めにあずかり、光栄です」

「これで少しは小腹が満足した。ステーキは食えなかったが、カネはきちんと払わせてもらう。もちろん、シャッター代もな」
「ありがとうございます」

 

黄金を払ってドラゴンが立ち去っていくと、じいちゃんは素子に言った。
「なぜ、シャッターが壊されそうになったときに、わしを呼ばなかったのだ!」

なにをしても、どやすのが、かれのスタンスなのである。素子は、ひゃっと首をすくめた。
「でも、よかった。一時はどうなるかと思った」
「ごめんなさい」

「わしにひとこと相談すれば、ステーキのひとつぐらい用意していたのだ。なんでも自分で解決できると思っちゃいけない」

そうなんだ。素子は、じいちゃんをまた、見直してしまった。
「ちなみに、どんなステーキ?」

「―――ミドリムシ」

「……」
じいちゃん、それはダメでしょう。と思った素子であった。

posted by アスリア at 07:26| Comment(0) | エッセイ