2017年08月24日

すさのを たける

すさのを たける

「犯人は、刃物を持ってあばれています! これからどうなるのでしょうか!」
レポーターの、興奮した声がワンセグテレビから漏れた。
わたしは、目の前にちょこんと座っている男の人を見つめた。
あばれている、という風ではない。むしろ優しい目をしている。
剣を持っているところは、危険と言えば危険なのだろうが、わたしだって台所で包丁を持っているのだから、それはお互い様であろう。


がらんとした事務所内で男がくつろいでいるのを見ていると、彼がイケメンだけに、みょうにトキメいてしまう。
三十代のOL、男っ気なし。婚期? そんな面倒なものはいらん、という態度でいままでやってきた。
しかし、わたしを人質にとって立てこもってる、この人の顔はステキだ。
見るたびに、どきどきが止まらない。


警察が、外からスピーカーで怒鳴っている。
「抵抗は、無意味だ! 刃物を捨てて、出てこい!」
しかしリビングの男は、眉筋ひとつ動かさなかった。
「これは、草薙の剣だ。捨てるまえに、天皇家に返す必要がある」
窓の外へ、怒鳴りかえす。


「草薙の剣だって? どうやってそんなものを手に入れたのだ」
「オロチを退治したのだ」
「オロチ? というと?」
「八本の頭があるという、八岐大蛇を退治したのだ。この剣は、そのときの戦利品だ」
「草薙の剣といえば、源平合戦のときに、たしか、海の底に沈んだはずでは?」
「そんなことは知らん。とにかく天皇に返すのだ」
剛情に、繰り返すのである。


警察は、いったん引いて、なにやら相談を始めた。
わたしは、その、刃物を持った男の様子を眺めていた。
身の危険は感じなかった。剣を持っていることを除けば、それほど剣呑な印象は受けない。一体この人は、だれなのだろう。
「あの、あなたはどなたですか?」
わたしはその男の人に聞いてみた。


「すさのを たけるだ」
と、答えが返ってきた。
「高天原から追放され、村でオロチを退治したとたん、なぜかここに来てしまったのだ。ここはどこなのだ?」
わたしは、ここが日本で、むかしはヤマトと呼ばれていたことを話した。


たけるは、
「なーるほどー」と腕を組んで、何回かうなずいていたが、
「ここには、オロチはいないのだな?」
と、逆に聞いてきた。
「オロチはいないけど、核兵器っていう恐ろしい武器があります」


と、わたしが言うと、たけるは、ぶんっと剣を振り上げて、
「そんな兵器は、おれが一撃でやっつけてやる」
意気さかんなのである。


だいじょうぶなのかな、とわたしは眉をひそめた。麻薬でもやってるのだろうか。妙にうかれた表情で、ウキウキしている。警察やわたしが何を言おうと、一顧だにしないという態度だった。
わたしは、たけるが現れたときのことを思い出していた。

 

すさのを たけるが現れたのは、つい先ほどのことである。
場所は、福又オフィスである。この企業は、土日祝日がお休みの土木関係の企業で、わたしの仕事もパソコンで経理を担当するだけの、単純で簡単な作業だった。
今日は、たまたま、会社に忘れ物をしてしまって、取りに来たら、そこに剣を持った男が現れて、わたしを人質に立てこもった、というわけである。


すさのを たけるという名前にふさわしく、髪は角髪(みずら)、ペンダントは勾玉、衣装は衣褌(きぬ・はかま)を着ていた。麻薬常習犯にありがちな、熱狂的な雰囲気は見当たらない。


会話も、ちゃんと成立している。すさのをという名前と、たけるという名前が合体しているところはどうかと思ったが(すさのを と やまとたけるは、別人である)、持っている剣は不思議な光を放っているし、乱暴なそぶりもみせていない。


核兵器について脅威を感じないのも不思議と言えば不思議である。
「すさのをさん。あなたはどちらから、ここに来られたんですか?」
わたしは、訊ねてみた。
「わからん。オロチを倒して、酒をかっ食らっていたら、いつの間にかここにいた」


「オロチってほんとに八つも頭があったんですか?」
「ウソを言ってどうする。困っていたから、村人を助けてやったんだ」


そんな会話をしているうちに、どうやら警察の方も処置が決まったらしい。
「立てこもりの犯人! 要求はなんだ!」
それを聞くとたけるは、剣をおさめると、うれしそうに手をもみしだいた。


「まずは、酒だな! それに、肉があれば充分だ」
「こちらでは、焼肉を用意している! 抵抗しなければ、喰わせてやってもいい!」
「ほんとうか?! では、そちらに投降する!」

ということで、たけるは警察に出頭した。
あとでマスコミに流れた情報によると、たけると名乗った男は、前衛芝居の俳優で、舞台の宣伝をするために、今回の騒ぎを思いついたらしい。

その舞台のテーマは、「核戦争後の日本」 であった。


「なーんだ、ばからしい」
わたしは、週刊誌を放り出した。
真相がわかってみるとつまらないのか、マスコミは報道を1日で終わらせ、次のネタに食いついて行った。

その三日後。
見覚えのある人物が、事務所の前に立っていた。
「あ、たけるさん」
わたしが呼びかけると、たけるは少し、さびしそうに笑って見せた。
「この時代まで警告に来たのに、本気にされなかったよ」
「え、どういうこと?」
わたしが驚くと、たけるは肩をすくめて、


「ぼくは超能力者なんだ。タイムトラベルができる。未来で核戦争が起こり、いままでの文明がすべておじゃんになってしまって、最初からやり直しになってしまう。そうなるまえに、警告しようと思った。八岐大蛇は、放射能による突然変異だ。なのに……」
まさか、冗談でしょという前に、たけるは目の前からすうっと消えてしまった。

posted by アスリア at 14:05| Comment(0) | 創作

2017年08月28日

嫌よのドリアード

嫌よのドリアード

俺は、とある公園に来ていた。
昼間にはハトやカラスが一杯来ている、なんの遊具もないさびれた公園だ。
ネットの情報によると、そこに恐怖のお化けがいるという。

俺としては、そんなお化けはどうってことなかった。
広島の現状を訴える写真を見たって、怖くもなかったし、かわいそうだとも思わなかったからだ。

お化けが現実にいるのなら、動画のひとつも作って動画サイトにでも投稿した方が、どれほど面白いことか!

それで、ネタを仕入れるために、この公園に来た、というわけである。
どんな恐ろしい化物が来ようとも、こちら柔道黒帯、剣道も三段である。チンピラだろうとだれであろうと、俺にはかなわないはずだ。お化けなんてばからしいものの正体を見極め、
じっくり観察してやる。


公園は、周囲を錆びた鉄棒で囲まれた、空き地のようなところだった。まんなかに大きな木が立っている。看板にいわく、

「嫌よのドリアード」

なんのこっちゃ。
眉をひそめて、スマホをチェックする。ドリアードとはなにか?

どうやら、木の精であるらしい。日本にドリアード、というのも微妙な気もするが、たぶんゲームかアニメのオタクが、この木にそういう命名をしたのだろう。

俺が近づいていくと、看板の着いた木が、風もないのにゆさゆさと揺らぎ始めた。

この距離で見る限りでは、その木はケヤキで、根はふとく、緑も濃い。夏の真っ最中ということもあって、セミがつくつくぼうしと鳴いている。

そのそばで、めちゃくちゃチビな小男が、暑そうに自分をうちわで扇ぎながら、背もたれのない椅子に座っていた。ランニングシャツ、半ズボン、小ずるそうな小さな目。

「おや、挑戦者がやってきましたね」
そいつは、うれしそうにそう言うと、うちわを地面に置いて、手を差しのばした。
「はい、挑戦料」
「なんだよ、その挑戦料ってのは」

俺が思わず聞き返すと、そいつはクツクツ笑いながら、
「うちのドリアードの恵美から、『愛してます』ってことばを引き出せたら、挑戦料は十倍になってお返しします」
というのである。

正気か、と目を疑っていると、ケヤキの幹のなかに、女の子がひとり立っていた。ちょうど幹に埋め込まれるような形になっている。

「最新型の、遺伝子操作でしてね」
チビ男は、両手をもみしだきながら、
「ある種の磁力を発しており、近づくことはおろか、話しかけることも出来ません」

ほんとうなのだろうか。
俺は、その少女に向き直った。
「恵美さん……」

ピシッとケヤキの枝が飛んで来た。あぶない! もう少しで串刺しだ。俺が身体能力に優れていて、ほんとうによかった。

恵美のほうは、ニコニコ笑っている。害意のかけらもない無邪気な笑みだ。
「もしかして、うわさの化物というのは、コイツのことか?」

水を向けてみると、チビ男はぺろりと言った。
「みなさん、自分に理解できないことは、排除しますからな」

なるほど、それならコイツから愛のことばをもらえば、一躍ネットで有名になれるというわけだ。挑戦料も十倍だというし、やってみるか。


俺は、まずは近づいてみることにした。
ケヤキの木に近づくにつれ、どういうわけか反発力が強くなっていく。
恵美の顔は、意地悪く微笑んでいる。
「ここまでおいで、あっかんべー」
そういって、指先で目の裏側を見せたりしている。
くやしいが、何度やっても近づけないのは事実だった。


「はい、挑戦料イタダキ」
五千円もボラれてしまった。
あとで知ったのだが、あのチビ男は、あちこちの町で同じように挑戦者をつのり、それで生計を立てていたらしい。

その生活も、長くは続かなかった。
チビ男の暮らしていたテントから出火して、恵美の木に引火してしまったのだ。ネットはその話題で持ちきりになった。

挑戦者がぶちキレて嫌がらせをしたのだ、とか、遺伝子操作をした科学者が、証拠隠滅をはかったのだとか、様ざまな憶測が巷を賑わせた。

しかし、俺はそんなことはどうでもよかった。
あの、近づくことの出来なかった恵美から、投げつけられた枝に着いていた木の実が、俺の身体に植え付けられて、俺もドリアードになってしまったのだから。

人間が自ら作り出した文明によって弱体化したあと、人間の歴史を知る生き証人として、俺は進化した犬人間と暇があると昔話に花を咲かせている。

posted by アスリア at 13:15| Comment(0) | 創作

2017年08月30日

「夜は出たくないの」

「夜は出たくないの」

大学の演劇サークルで活躍している女優の卵の朝子は、いつも、夜になると帰ってしまう。
飲み会に誘ってみても、カラオケに誘ってみても、ぜんぶナシのつぶて。

「つきあい悪いよな」
「いわゆる、品行方正ってやつ?」
「それにしちゃ、やりすぎなんじゃ? サークルの親睦会にも出席しないんだぜ」

仲間たちは、お互いに噂し合った。
そう言われてみると、朝子は、少し変わっているようだった。
夜が近づいてくると、そわそわしはじめる。

定期的に、香水の匂いが強くなる。
普段から長袖を着ている。
夏、暑いときだろうと、肌は絶対に見せない。
まるで隠れた恋人がいて、その注文に応じているようだった。

あれだけの美人だったら、それも無理からぬ話である。
並み居る男どもを蹴倒して、独身貴族を貫く朝子は、男たちからは羨望のまなざしで見られ、女たちからは嫉妬の目で見られていた。

「朝子って、ご先祖さまは華族さまだったらしいじゃないの」
女たちは、ささやきあった。
「いまは大企業の一人娘。お金も地位もばっちりね」
「ああ、逆玉があるといいのになー」
男たちは絶叫する。

「なによ。あたしたちじゃ、満足できないの?」
女たちが腕を組むと、
「そりゃそうだよ。地位も名誉も美貌もある朝子と君たちでは、比べる対象にもなりゃしないさ」
女たちは、歯ぎしりして悔しがった。

 

そんなこんなでサークルの空気も悪くなっていき、朝子は嫌がらせを受けるようになった。
台本やダイナーズクラブカードの入った財布を盗まれたり、高級な自転車を盗まれたり、ひどいのになると舞台の上での食事に、ガラスが混じっていたりした。


さすがに監督役のサークル代表も眉をひそめて、
「こんなことが続くようなら、朝子さんには出ていってもらわなきゃな」
と言い出した。
朝子の相手役をすることの多いぼくは、断固としてそれに反対した。

「悪いのは、嫌がらせをした連中だろ? なんで朝子さんが追い出されるんだよ?」
「だけど、実際問題として、うちの会になじもうとしていないのは事実じゃないか。もっと普段から、親しめるような態度をとってくれよ」

代表は、うんざりしたように言った。
そこでぼくは、ひとり学食でランチを食べている朝子さんに近づき、
「今回のこと、ひどいよね」
と水を向けてみた。

朝子さんは、ちょっと寂しい笑顔を見せた。
「しょうがないわ、だってわたくしは、ほかのひととは違いますもの」
「きみの、そういう態度はよくないと思うよ」

ぼくは、ハッキリ言ってやった。すると朝子さんは、軽く目を見開いて、
「―――あなたも、ほかのひとと違うみたいですね」
と、言ってくれた。
ぼくはうれしくなった。これを機会に、お近づきになろうと思い、

「あした、小さな舞台小屋でシェークスピアの『十二夜』をやるらしいんだ。見に行かないか」

と、誘ったら、朝子さんはさっと顔色を変えた。
「十二夜……」
なにがそんなに気になるのだろう。そわそわが激しくなっている。

「確かに、何が言いたいのかよくわからない作品らしいんだけど。きみも女優を目指してるなら、勉強になるよ。シェークスピアは、きらいかい?」
「いいえ……。夜でなければ行けるわ……」

「夜の7時だよ。是非来てくれ。これをきっかけに、夜への恐怖症を克服して、みんなにもなじんでいこうよ」
ぼくが必死で口説いたおかげなのかどうか。
朝子さんは、とうとう、チケットを受け取ってくれた。
  ぼくは有頂天になって、明日が来るのを待った。

 

その日の夜6時半。
小屋の前でぼくは待っていた。
今にも降りそうな曇り空、星すら見えることもない。

いまのぼくの心境と似てるな……。

朝子さんに、振られちゃったのかもしれない。
ぼくと彼女じゃ、身分も住む世界もちがうのかもしれない。
だけど、チケットは受け取ってくれた。
来てくれる。
きっと、来てくれる。

 

すると、小屋に続く細い道に、すらりとした美女が駆けてきていた。
朝子さんだ。
髪を振り乱して、いつもとは雰囲気が違う。
むうっと香水が、鼻をついた。

「ごめんなさい。でも、もうムリみたい」
近づくなり朝子さんは、ぼくにチケットを押しつけた。
「どうして? 急な用事でもできたの?」


ぼくが問い返すと、重くたれこめていた夜の雲がすうっと晴れた。
煌々と、満月が照りわたる。
朝子さんは、返事もせずに、目の前に広がる満月を見上げた。

その直後。

朝子さんが、《《変化した》》。
筋肉が盛り上がり、ギラギラと輝く金色の眸。
野獣のような吠え声、両手の長い爪。彼女はそれでワンピースを引き裂いた。
露出した肌には獣毛が生えて、美しかったその顔は、オオカミのの冷酷で凶暴な顔になったのだ。
小屋に来ていた観客が、悲鳴を上げた。

夜に彼女が出歩けないわけを、ぼくは初めて気づいたが、ときすでに遅すぎた。

posted by アスリア at 07:21| Comment(0) | 創作