2017年09月28日

恐喝権

恐喝権

あたしは誘惑を感じていた。
「ねえ、奥さん。ビットコインは、ぜったい儲かりますから」
営業マンが、ことばを重ねる。
ビットコイン。仮想通貨のことだ。あたしには、難しいことはわからないけれど、取引は株のように価値が上がり下がりして、それで儲けることができると営業マンは言うのである。
彼の目から顔を逸らして、その手につり下げてある革の鞄に目を落とした。
高価そうな鞄だ。ブランドものっぽいロゴも入っている。ジッパーが少し開いていて、中から封筒がのぞいていた。
だめよ。結婚してから、ぜったいやらないって決めたんだから。
自分に言い聞かせている間にも、営業マンは、一生懸命、玄関でことばを重ねている。
「仮想コインで買い物を出来る店も増えてきました。流行の服や靴だって、ビットコインで買えるんです。スマホ一台でぜんぶ出来るんです」
便利そうだ。値上がりが続いているというし、へそくりを出してもかまわないかもしれない。
あたしは、家の金庫から三百万ほど取り出し、
「それなら、ものは試しでやってみるわ」
と応じた。
あたしは、営業マンが、ふところにその三百万を入れるのを眺めているうちに、どうしても堪えきれなくなってきた。気づかれないように一枚千円札を落とし、拾う振りをして営業マンの鞄からその白い封筒をくすねてしまったのである。

営業マンが立ち去るのを眺めながら、あたしは深い後悔に打ちのめされていた。
あれだけ、自分を律してきたのに。ふつうに歩いているときだって、手にギプスまではめて列車に乗り降りしていたあたし。この犯罪が見つかったら、いまの生活はパーになる。夫と約束したことが破られたと知られたら、別れを切り出されるかもしれない。
でも、営業マンだって悪いのよ。あんな風に、盗んでくださいって言わんばかりに封筒をのぞかせてるんだもの。あたしが悪いんじゃないわ。誘惑する方が悪いのよ。

しばらくあたしは、ビットコインのことよりも、白い封筒のことのほうが心配だった。営業マンがこのことを知ったら、あたしの弱みを握ることになる。いまはビットコインを口実にして近づいてきているけれど、そのうちもっと大きな買い物をするように、恐喝してくるんじゃないかしら。
営業マンからの連絡は来ない。三百万円はどうなってしまったのだろう。いや、封筒をとられて、なんともなかったのだろうか。たいした手紙が入っていなかったのだろうか。
営業マンの会社に連絡したのだが、「だれですか?」という返答だった。
だまされたのだ。
ビットコインなんて、はじめから買うつもりはなかったのだ。
三百万をトンズラされてしまった。
手がかりは、あの封筒だけ。
あたしは、好奇心がうずいてくるのを感じた。
ちょっとだけ、最初の一行を見るだけよ。
そう思って、封筒の封を開けてしまった。
私立探偵事務所の文字だ。
手紙に記されていた連絡先に電話すると、例の営業マンの声。
「あ、あなたは……」
「このあいだは、よくも三百万もだましてくれたわね。でも、こっちにはあなたの弱みを握っているのよ」
「なんのことかな? 三百万なんてもらった覚えはない」
「いいのかしら? こちらは証拠を持ってるのよ? ご家族に知られたら、あなたも困った立場に立たされるわよ?」
「―――どういうことだ」
あたしは、事情を説明した。

こうして、あたしは三百万と引き換えに、手紙を渡した。
「ちくしょう、なんでこれをあんたが持ってるんだ」
ブツクサ言いつつ、営業マンは立ち去っていく。
「もう浮気はしないことよ!」
その背後に、あたしは呼びかけた。
もう、あの恐妻家には、あたしをだますことはできないだろう。あたしほどの腕前のスリにかかれば、浮気調査の結果報告を掏るぐらい、わけのないことなのだ。

posted by アスリア at 08:36| Comment(0) | エッセイ

なぞの円盤UFO

なぞの円盤UFO

それが日本の上空にあらわれたときには、みなは「トリックだ」「いや、ほんとうに違いない」「まさか、そんなはずはない」「物理法則に反している」と、侃々諤々の議論を巻き起こしていた。
アダムスキー型宇宙船。
典型的なUFOである。その金属製のまるっこいフォルムといい、音もなく自由自在に上下するその軌道といい、現代科学では説明がつかない。
さっそく、国連代表が選ばれて日本にやってきた。宇宙人が来たのなら、彼らと交流するのはおれたちだ、と言わんばかりに、アメリカやロシアと中国の友好使節が我が物顔に東京を闊歩するのである。
首相である赤部(あかべ) 慶吾(けいご)は、当然のようにおもてなしを要求する友好使節に、苦い顔を必死で隠しながら、贅をつくした和食でお迎えした。お寿司、おせち、しゃぶしゃぶ……。
アメリカとロシアと中国の友好使節は、同じ旅館でお互いを牽制するように食事を囲んでいる。
にらみつけながら食べているが、この和食をちゃんと味わってもらっているのだろうか。
なんであれ、敵対していた三大国家が、いまでは共通の脅威に立ち向かうために日本へ平和的にやってきたのは、評価すべきことであろう。
赤部は、ため息を押し隠しながら、いったん家に帰った。
ひとまず今日は、様子見だ。とうぶん、赤部の出る幕はないかもしれない。

家に戻ると、高校生の娘が、なにか言いたそうにこちらを眺めている。部屋の中に、いつものポチの姿がある。ちなみにポチはビーグル犬である。
「どうした」
「―――パパ。部屋に来てよ」
娘の部屋に? ちょっとドキドキしてしまう。
「どうしたんだ」
「変な生きものがいるのよ」
「なんだって」
一気に、緊張が走った。宇宙人は、手続きというものを無視して、直接このおれに交渉しようっていうのか? 諸外国がどんな反応を見せるやら……。
用心深く娘の部屋に行くと、なぜか、エビがいた。
いや、正確には、目玉が飛び出したエビの握り寿司のような、みょうな生きものが、娘のベッドにちょこんと載っている。そばに、アダムスキー型宇宙船である小さな円盤が転がっていた。
娘がベッドに乗って正座すると、寿司エビはご機嫌な様子で言った。
「はじめまして。おれたちは、エビ星人」
「―――はあ」
エビが口をきいた。いいのか。宇宙人だから、いいのか。
「おたくら、寿司ネタにエビを使うんだってな。さっきアメリカとロシアの連中が、うまそうに寿司を食っているのを見たぞ」
赤部はあわてた。上手く立ち回らないと、気にくわないから日本を滅ぼすなんて言われたら困る。
「えーと、あれはおもてなしの一種なんです」
「おれたちも、おもてなしされたい」
エビは、はっきり言い切った。「おたくの犬を寿司ネタにしてほしい」
「なに」
娘の百合は、さっと顔色を変えた。「あたしのポチを、食べたいって言うの?」
「うまそうだ」
エビは、冷淡に言った。
「いやよ! でていって!」
百合は、両手を振り回してキリキリ叫んだ。
「ポチ一匹で人類が滅亡しなくて済むんだから、安いもんだろ」
エビは、さらに冷淡な言い方であった。
「信じられない。一匹で済むという保証はないんでしょ」
百合は、言い返した。
「宇宙人うそつかない」
エビは、ぴょんぴょん跳ねている。
そこへ、ポチがとことこ現れて、くん? と鳴いた。
赤部は悩んだ。
彼にしてみれば、犬の一匹ぐらいどうってことないのだが、百合にしてみれば大問題なのだ。かわいい娘を傷つけたくない。
その顔を見てキッと唇を噛みしめた百合は、ポチを片腕に抱き上げ、ベッドに転がっていた円盤を拾い上げて、脱兎のごとく駆けだした。
「百合! どこへ行くんだ!」
狼狽えつつも赤部は、あとを追う。もちろんエビ星人も背後から追いかけてくる。
百合は、近くの土手に駆けのぼると、拾い上げた円盤を、
「U・F・O!」
と、円盤投げのように投げ飛ばした。土手はさわやかな風が吹いている。百合はポチを解き放つ。円盤をポチが追いかける。うわーっと叫んでいるエビ星人。円盤はフリスビーのように犬の口に入り、粉々に砕けて果てた。
「……家に帰れなくなってしまった……」
エビ星人は、ぼうっとしてつぶやいた。

なんの力もなくなったエビ星人は、友好使節の腹の中に、ごちそうとして迎えられた。
しかし、日本は、「貴重な科学的資料をこわした」と責められて、罰金をいっぱい取られてしまった。
それでも、赤部はご機嫌であった。
その後、ポチがお宝をどんどん発見してくれるようになったからである。
「ここ掘れわんわん」
人語までしゃべるようになったポチを眺めながら、こんどは宇宙人が飼い猫のノラに、なにか能力を授けてくれないかなと思う、赤部であった。

posted by アスリア at 08:48| Comment(0) | エッセイ

コメントに一喜一憂

コメントに一喜一憂

  やた! コメントがついた!
長らくブログを続けていたが、生まれて初めてコメントがついた。
わたしは狂喜乱舞して、ぬいぐるみのジジを抱きしめ、部屋の中をダンスした。
スマホが部屋の足の上に転がって、がしゃりと音を立てて割れた。

わーっ!

すぐに返答を書かないと、読者は逃げてしまう。ブログを付けているのはわたしだけではないのだ。読者に愛想を尽かされたら、読んではくれなくなる。

わたしは、スマホを拾い上げて、すぐさまショップへ向かった。
ところが。
道は、混んでいるどころではなかった。
ちょうど、地域のゆるキャラ選出イベントがあって、その行列を見るための群衆が、わたしの行きつけのショップの前を、大挙して押し寄せている。
車はとろとろ走り、たびたび止まった。
ゆるキャラ演出のためなのか、パレードが出てきて、どんひゃらどんひゃら、ぷかぷかどんどん、騒がしいことこのうえない。わたしはイライラしながら、その行列を見送り、車を有料駐車場に駐めると、さっそくスマホをショップに出した。

「お気の毒です。手遅れでした」
まるで、末期ガン患者が臨終を迎えた医者のような口調で、店舗の人は言った。
スマホは、見るも無惨な姿になり果てて、起動すらできないようであった。
「中身、移動できないんですか」
ポケモンGOとか、Lineのデータとか、いろいろ入ってるんだけどなあ。
すがる思いで聞いてみても、
「ショップが違うので、なんとも」
とあいまいな返事。
そうしているうちにも、町はどんひゃらどんひゃら、ぴーひゃらら。
わたしはだんだん、イライラしてきた。
「じゃあ、どうすればいいんですか!」
「この際、スマホの乗り換えをなさっては? オトクな料金プランもありますし」

料金プランをいくら見わたしても、どれも必要不可欠なものばかりが並んでいる。
電話だってしたい。インターネットはもちろんだし、Lineも当然だ。
ちょっと壊れただけで、維持費8000円の出費は痛い。
無料だけど、なんでこんなに、機械がもろいのかなあ。
そりゃ、たしかにわたしはひとよりも筋肉はついていると思うけど。
  結局、売りつけられてしまったじゃんか。

なんてことを考えつつ、有料駐車場に戻ってみると、そこにたむろしているゆるキャラたち。
行列が終わったので、休憩に入ったらしい。ちょうど近くに設営所もあった。
わたしは、ゆるキャラたちの間を抜けるようにして歩いた。
すると、そのなかの一人の声が、耳に入った。

「すごく気の合うブロガーがいてさ。コメントを付けたんだけど、返答がないんだよ。どうしちゃったのかなぁ」
見ると、頭だけ着ぐるみをはずしたイケメンが、悩ましい表情で同僚に打ち明けている。
「どんなブロガーなんだ? 写真だしてるのか?」
「いや……。ただ、美しい詩をつくってる。あんな繊細な感覚を持つひとに、悪い人なんていないよ」
「そーかー?」
イケメンは、その美しい詩をくちずさんでてみせる。

ああ、そんなにも空がひろい。
闇が拓けていく。
月がきらめいて、銀の糸になる。

その内容を聞いて、わたしは背筋がゾクッときた。
  それは、わたしの書いた詩だった。
「コメントの返事が、かえってこないってことは、迷惑だったのかな」
イケメンは、ため息を吐いた。
わたしは、新しくなったスマホをポケットにつっこんで、イケメンに近づいた。
胸はどきどきしている。
生まれて初めて、評価してくれたひと。
自分の詩を、認めてくれたひと! それが目の前にいる!
恥ずかしい。
Web詩人として、このまま隠れていた方がいいのでは?
いいおとなが、あんなリリカルな詩を書くなんて、みっともなくないか?
理性は止めるが、感情は暴走した。
つかつか、詰め寄ると、イケメンに、殴りつけるように叫んだ。
「あの……。その詩は、わたしが書いたんです!」
「えっ」
イケメンは、わたしを振り返って、みるみる顔を引きつらせた。
「あ、そ、そうなんですか」
同僚が、くくくっと笑いをこらえている。

悪役レスラーがWeb詩人で、なにがわるい。

posted by アスリア at 08:49| Comment(0) | エッセイ