2017年11月01日

魔法世界のリフジーズ 01 落雷 02

落雷 (02)
  その日の天気は、雨模様だった。
秋雨の降る坂の途中に、おれの行くカツビル公民館はある。この国のなかでも特におれたちセマリストが天気を気にするのにはわけがある。セマミラーは、雷神と相性が悪く、黒い雲を見たならすぐ教室や屋内へ避難させないと、不機嫌になったセマミラーが雷神とけんかをはじめ、この魔法アイテムが黒焦げになるのである。初心者は、業者から充分注意を受けているが、それでも避雷護符のついたケースを持ち歩かないひとも多い。慣れというものは恐ろしい。
少し降り出した雨の中を、おれは魔法のほうきで公民館に降り立った。月曜の午後二時で、こんな時間に公民館に行くような連中は、おれのようなフリーターか暇な主婦、年寄りかガキぐらいなものだろう。おれだって好きでこんなことをしてるんじゃない。コンビニの仕事が火曜・木曜・土日なのである。おれは魔法のほうきをほうき立てに置くと、レインコートを脱ごうとした。すると、背後からぶつかってきた人間がいた。
「なにやってるのよ、このスカタン! こんなところでヌード・ショウでもするつもり?」
思わずおれは首をすくめて背後の女―――香澄を振り返った。高野(こうの) 香澄はおれの天敵だ。大学を浪人して、就職口も見つからず、暇に飽かせてアチコチ顔をのぞかせているのである。公民館なんかに来るような人間でもないはずだが、なぜかおれの行く先々をじゃましにやってくる。
「お好みなら、下半身を見せてやってもいいぜ」
おれは言い返してやった。香澄は、たちまち顔をあからめてしまった。長い髪の美しい肌をしたウブなヤツなのに、いつも下ネタを繰り出してくるのは、どうしたことか。言ってるおれのほうも恥ずかしい。まあいい。相手にしていたら、ボランティアの時間に遅れる。
おれは、香澄のほうをチラとも見ずに、公民館の入口に向かった。
  その公民館には、ひとりの銅像(裸婦像)が建っている。そのすぐ前に立っている香澄は、裸婦像に比べても胸が見劣りしなかった。背は少し高めで、ベルトをしていない灰色のワンピースを着ている。
おれはフリーターだが、職場の人間からは「雑用セマリスト」だと思われている。目立たないジャージの上下にパーカーという、一見するとカルティスト(アニメやゲームの熱心なファン)みたいな衣装を着ているため、軽く見られているのだろう。このボランティアを募集した市からは、なんの支給もされなかったため、いまある衣装でなんとかしのがねばならないのだ。香澄は金持ちだから、衣装にカネをかけられるのだろう。
「あなたは、こんなところにいるべき人間じゃないわ」
背後から香澄が、突然言い放った。いつもと違う口調だった。
「ちゃんとした仕事につきなさいよ。会社を設立するとか」
「おれに社長になれってか? 柄じゃねーぜ」
胸にズキっと来てしまった。おれにだって夢はあったんだ。昔はサッカー選手になるのがあこがれだった。熱心に練習もした。膝を痛めてあきらめた。そして、セマミラー技術学校に通って技術を身につけ、会社に入り、使い捨てられてやめさせられた。
口から出かけたそのことばを飲み込み、おれは公民館の扉に手をかけた。
そのときだった。最初の人生最悪、最凶のできごとが起こったのは。
つまり、本格的に雨が降り出してきたのである。
もぞもぞと、おれのケースのなかのセマミラーが動き出した。だいじょうぶ、避雷護符がついているから、雷神は近づかないはずである。けんかっぱやいセマミラーでも、ケースのなかに護符で封印されていたら、出てこれない。
雨はおれの髪の毛に落ちてきて、午後二時だというのに夕方のように暗くなってきた。香澄はどうでもよくなり、おれはケースを抱えて扉の中へ飛び込もうとした。髪が冷たい。コンビニの暖かいコーヒーが飲みたくなった。帰りに寄って飲もう。
突然、悲鳴が起こった。
ぎょっとしてまた振り返ると、香澄の持っているケースが文字通り、「暴走」していた。ケースを開け閉めするための口がぎらぎら輝き、雷神に向けてセマミラーがぴょんぴょん跳ねている。
「どうしたんだ!」
「避雷護符がはがれちゃって!」
「ばか! はやく拾え!」
「ばかってなによ! 言う方がばかよ!」
「けんかしてる場合か!」
「うるさいわね!」
「文句言わずセマミラーを捕まえろよ! 護符はおれに任せろ!」
ごろごろと雷神はセマミラーの挑発にこたえてとどろき、陰鬱な雲から、不穏なひらめきを光らせていた。それにつれて、公民館の扉もぎしぎし言った。強風が横殴りにふきつけ、雨がおれをよろめかせた。
避雷護符が風に舞っている。おれはそれを追いかけた。
稲妻の輝きが、おれの目をくらませる。一瞬、あたりが強烈なイフリートライトに照らされたようだった。雷鳴はとどろき、耳のなかでは心臓の音が、原始のドラムの音で鳴っている。天地が裂けて、炎の燃えさかる地獄の大釜が見えるかと思った。セマミラーを求めて空中からの放電が、まっしぐらに公民館に落ちてくる。
香澄がおびえた悲鳴をまたあげた。
おれは思わずダッシュして裸婦像の前の香澄に駆け寄ると、体当たりした。ケースが手から離れ、足下のセマミラーがおれにひっかかった。雷光が視界いっぱいに広がった。がつんと衝撃が走った。身体中がなにか巨大なハンマーのようなものでぶん殴られたようなショックだった。爪の先までしびれが走った。
  おれは意識を失った。

posted by アスリア at 11:53| Comment(0) | エッセイ

2017年11月06日

魔法世界のリフジーズ 01 落雷 03 (リライト)

「しっかりして、ちょっと! いつまで伸びてるのよ!」
耳元で、だれかの声がする。意識に薄い膜がおおったような気分で目を開けると、目の前に知らない女が立っていた。もちろんあとで、それが高野 香澄だということは教えてもらってわかったのだが、いまはまったく意識がもうろうとしていた。彼女の台詞もところどころ、わかりにくい。伸びている? ゴムみたいに、人間が伸縮するものだろうか。
あたまのなかが、がんがんする。なにかがあたまの中心に居座っているような、そんな気分だ。思わず額をおさえると、女は心配そうになった。
「だいじょうぶ?」
―――ふつうに振る舞わないと。せっかくつかんだ再就職のチャンスを、棒に振るぞ。
最初に浮かんできたのは、そんな考えだった。大好きな語彙ジャーキーを食べるチャンスがなくなるのは困る。
語彙ジャーキー?
あれは、セマミラーの食べ物では?
セマミラーに定期的に食べさせる、エネルギーパックの一種が語彙ジャーキーである。そのカプセルを食べさせることによって、セマネットから情報をゲットできるようになる。語彙ジャーキーは、百均ペットショップやスーパー、コンビニなどで売られている。
語彙ジャーキーのことを考えたとたん、激しい飢えがおそってきた。目の前の女が、急にうまそうに見える。おれはがばと起き上がり、女に抱きついた。
「あら、そんなにあたし、魅力的?」
落ち着き払って女はそう言うと、丁寧におれを引き剥がして、
「でも、あんたには、東野 知巳って女がいるでしょ。年寄りだけど」
―――愛に年齢差はない、が人類のテーゼだったよな。
こころのなかの何かが、冷笑している。
おれはよろよろと立ち上がった。どうにか頭がはっきりしてきた。じょうだんじゃない。東野 知巳はただの生徒で、恋愛対象じゃない。
むしろ、目の前の女の方が、好みといえる。
女は、ますます心配そうにこちらを見つめている。
「まじめな話、だいじょうぶなの? あなた雷(いかずち)を、モロ浴びたのよ?」
「だいじょうぶだ」
声がしゃがれていた。女は眉をひそめる。体調は絶不調だった。率直に言って、帰って寝たかったが、家のありかがわからなかった。
―――家のありかなど心配するな。ただ、セマミラーを破壊すればいい。
こころのなかの何かがささやいた。
「顔色まっさおよ? 病院に行った方が、いいんじゃないの? 救急カーゴを呼ぼうか?」
顔色と病院の間には、何の関連性もないように思える。それに、救急カーゴを呼ばれたら、こころのなかを探られて、妙な発見をされるかもしれない。
精神病院に入れられるのは、まっぴらだった。
「だいじょうぶだと言ってるだろ!」
乱暴に言い捨てると、おれは公民館内に入っていった。
―――おまえはこの任務を完遂させるのだ。でなければ、ほかのものが代わりを務めるだろう。おまえは再び、使い捨てられるのだ。
こころの声が、含み笑いをして言った。
おれは、教室のなかへ入っていった。

ツボを押されるセマミラーの、軽いハミング声が聞こえてきた。いつもの景色だ。
立体机に置かれたセマミラーに指を突っ込み、先ほどから東野 知巳が四苦八苦している。
ひとり、またひとり。セマミラーを扱えるようにご老人たちを「教育」すればするほど、講師になれる可能性は拓ける。数をこなし、難民(リフジーズ)を減らし、情報を津々浦々に行き渡らせる。極言すれば、世の中は、情報だ。たいていの重要な情報や、お得な情報、生や死やセックスに関する情報というのは、公開された媒体のなかに入っている。それを引き出す技術は教えられるが、それ以上は教えることはできない。
できないはずだ。
東野は、おれの顔を見ると、パッと目を輝かせた。
いやな予感がする。
「宮崎さん、こっちこっち! 待ってたのよ!」
軽くシナを作り、目をウインクさせている。正直いうとオエッという感じだ。しわだらけの顔に、痛んだちりちりの髪の毛が両サイドを跳ねている。着ているものもおばあちゃんくさくて、足下なんかは不細工な灰色のスエードでできていた。
あれこれ考えながら、おれはそっちにゆうゆうと近づいていく。
「十分も遅刻した! 遅いわよ! 早く来て、セマミラーが動かなくて困ってるんだから」
東野は、突っ込んでいる手をセマミラーから引っこ抜いて、両手を万歳にさしあげた。
「ウンともスンとも言わないの」
「そういうときには―――」
おれは、自分の記憶をまさぐった。そして、足下が崩れそうになるほど愕然とした。
セマミラーに関する記憶が、まったくない!
表面は平気そうな様子を取り繕った。講師予備軍、ボランティアの一員としてここに来て、不安定な職場から正規の仕事につくのが目標なのに、頼みの知識を失ってしまったら、あとはホームレスにでもなるしかない。
「どうしたんですか?」
東野は、おぼつかない口調で訊ねた。年寄りにはよくある口調だ。
教室の扉に、例の女―――香澄が現れた。
「ねえ、ほんとにだいじょうぶなの?」
「なにが?」
東野が、きょとんとしている。じれったそうに香澄は、
「さっきの雷鳴、聞いてたでしょ。このひと、モロに浴びちゃったのよ」
「あらそれは大変。ここはほかのひとに任せて、あなたは早く病院に行きなさい」
急くように、東野が言った。
かまわず、おれは右手で彼女のセマミラーに触れてみた。
蛇のような電流が右手からあふれて、セマミラーに注ぎ込まれた。ビシッとセマミラーが反応する。それに呼応して、おれの体内から咆吼がとどろいた。
―――こわせ! 滅ぼせ! 破壊しろ! それがおまえの使命だ。
セマミラーは、手の中でもだえた。ビクビクと身体中をふるわせ、表面の突起物は出たり入ったりを繰り返している。しゅうしゅうと、生ゴミが煮えるようなにおいがたちこめてきた。
セマミラーが燃えている! ドラゴンの灼熱の炎にも耐えるセマミラーが!
あっけにとられる人々の目の前で、ウミウシの大きさだったセマミラーは小さな岩の塊になり、ぷすぷすと音を立てて燃え尽きた。おれは、震える手を引っ込めると、あたりを絶望的にみまわした。
みなは、呆然としていた。しかも、がくがく震えていた。「化物……、化物になった!」
教室の一番後ろに座っていた顧問の隅田が、半分悲鳴のような声を上げる。
「だいじょうぶだ。一時的な帯電だ」
おれは、必死でいいわけを考えた。おそらく、雷に打たれた衝撃で、しばらくのあいだ身体中に電気がたまってしまっているのだろう。一般に魔法アイテムは電気に弱い。雷神がやってこないように、神社を建てる企業もあるくらいだ。
「病院へ行きなさい」
顧問の隅田は、威厳のこもった声で言った。
  すでに、香澄が救急カーゴを呼んでいる。抵抗はしないほうがいいだろう。
おれだって、こんな状態が長く続くのは勘弁だからだ。
病院へ行けば、すべてが解決する―――はずだったのだ。
しかし、そうはならなかった。

posted by アスリア at 13:36| Comment(0) | 創作エッセイファンタジー

2017年11月10日

魔法世界のリフジーズ 02 変化 01

救急カーゴがやってきて、おれは箱に乗せられた。

とたん、稲妻がカーゴのなかを駆け巡った。

ビシビシと、複雑な魔法回路が埋め込まれた壁が反応する。

その回路から稲妻の青白い光が放たれると、ぶしゅー、という音を立て、箱が動かなくなった。

―――わははははは。破壊しろ! 破壊だ! ぶっ壊せ!

こころの声が命じている。おれは、その声が頭のなかいっぱいに広がるのを感じた。

「壊せ! 破壊しろ! ぶっ壊せ!」

無意識に、笑いがこみ上げてきた。どんよりとした雲がコンコースに垂れ込めている。まわりはみんな、ぐにゃぐにゃ歪んで見えた。その歪みがおかしくて、おれは狂ったように笑い転げた。

「やめなさい! あんたビョーキなの?」

いきなりほほをぶん殴られて、おれは我に返った。例の見知らぬ女と、年寄りたち数人、そしてカーゴのなかで転送回路をいじっていた賢士(マギウス)たちが、どん引きになっておれを眺めている。

「何するんだよ! おまえ、だれだよ!」

おれが詰問すると、

「あたしは高野(こうの) 香澄(かすみ)! あんたとおなじボランティアのセマリストよ。もう半年も同じことやってるのに、あの雷鳴のショックのせいで忘れたの?」

「どうでもいい。おれを放せ。これからおれは、正義を貫きに行かねばならん」

おれは、カーゴを降りようとした。

「正義? なにそれ。魔法勇者シリーズの見過ぎ?」

香澄は、あからさまに嘲笑している。

おれは、すっかりおびえている賢士二人組をチラ見して、

「病院には行けない。いまの状態で行ったら、迷惑がかかるだろ」

と言ってみる。賢士たちは、顔を見合わせた。

「原因に、心当たりがありますか」

そのうちの一人が、思い切ったように言った。

香澄が、事情を説明する。おれは、つまらなくなってカーゴを降り、公民館から魔法のほうき置き場へ向かっていく。

ビシビシと、左右にほうきがぶっ飛んでいく。ほうきが公民館の壁にぶつかって折れてしまった。おれは情けなくなってきた。

雷に襲われて記憶の一部を欠損してしまい、身体中は帯電しまくっている。こんなことは、生まれて初めてだった。どうすればいいのかわからない。病院に行けば、間違いなく魔法回路に支障が出るだろう。

「ふん、こんなのたいしたことないさ。セマミラーの餌である語彙ジャーキーの製造所にでも行って、発電の手助けでもしてくるか」

引き返したおれはジョークを飛ばしたが、香澄は眉をひそめている。おれの生徒で年寄りの東野は、テキパキとした身振りで、

「身体中が電気なら、地気を地上に流してしまえばいいのでは?」

とか、

「かなものは近づけない方がいいわね」と賢士二人組に助言したり、

「御札、効かないかしら? わたしのを使ってみる?」

とお守りを差し出したり、大騒ぎであった。

「東野さんったら、すっかり生き生きしちゃって。目が死んでたのが嘘みたい」

「おれの教え方が悪かったのかよ」

「そうじゃないけど、ひとから必要とされるのって、大切なことよ? わたしの生徒なんか、同じことを繰り返しても覚えられないから、すっかりひねちゃったんだから」

東野から押しつけられたお守りには、『家内安全』と書かれていた。

―――こんなものに屈する我ではないわ、ふはははははは。

内部の声が、またもこころのなかで哄笑する。おれはそれを抑えつけた。

なにかがやってくる。

posted by アスリア at 10:25| Comment(0) | 創作エッセイファンタジー