2018年07月04日

彼岸カクテル

うちのじいちゃんがばあちゃんのお通夜の時にカクテルを飲んだのはなぜか、知ってるかい?
死んだ人を悼んで飲んだのだろうって?

それもある。

だけどもう一つ、訳があるんだ。妻のおまえにだけ、話してやろう。

じいちゃんは、そりゃあ豪快な人間だった。カクテルなんて柄じゃない、むしろ焼酎やウォッカなんかが似合っていた。

「カクテルなんて、女の飲むものだ」

イマドキの女性が聞いたら、きっと腹を立てるようなことを、平気で言ってたな。

それが、あるとき、息子の俺を呼び寄せて、真剣な顔でこう言ったのさ。

「おまえ、彼岸カクテルって知ってるか?」

初耳だったから、きょとんとなったね。するとじいちゃんは、話したのを後悔したようで、

「いや、いい。何でもない」

そんなふうに言われたら、逆に気になるじゃないか。俺は、じいちゃんに、

「彼岸カクテルってなんだ?」

と何度も訊ねたが、じいちゃんはムスッとして答えてくれなかった。

それから、じいちゃんはなにやらコソコソと、夜になると家を出るようになった。

「トシだし、徘徊が気になるわ」

おまえの言うのももっともだ。俺はじいちゃんのあとをつけることにした。

じいちゃんの向かった先は、うらさびれた一郭で、そこに傾きかけたバーがあった。俺が様子を覗っていると、じいちゃんはまっしぐらにそこへ向かって歩いて行く。

がちゃり、と扉が開くと、ジャズの音とともにじいちゃんがそのバーに入っていった。俺はちょっとためらったが、そっとバーの扉を開けて様子を見た。

じいちゃんが、止まり木にとまってバーテンダーに注文している。

「彼岸カクテルの四捨五入をくれ」

「あいよ」

四捨五入? 変わった名前のカクテルだ。俺はそっと中に入り込んだ。じいちゃんはまるで気づいていない。バーテンダーのカクテルを作る手つきを、異様なまでの熱心さで眺めている。

「はい、できましたよ」

バーテンダーは、こんな寂れたバーにはふさわしくないほどしゃれたグラスに、その緑色の液体を注ぎ込んだ。

「ぐびぐびぐび」

じいちゃんは、味わうという言葉など知らないかのように、一気にその液体を飲み干した。

するとどうだろう。

止まり木の向こうに、死んだはずのばあちゃんがふわっと現れたじゃないか!

「わっ!」

俺は思わず、腰をぬかした。

じいちゃんが、振り返る。

「見たな?」

じいちゃんは、ニタリと笑った。

「おまえも、四捨五入の仲間入りをせにゃ、ならんな」

「じいちゃん、ゆ、幽霊!」

俺が指を指すと、じいちゃんはカクテルのおかわりを注文し、

「これは彼岸の向こうへ行った人間を呼び出す彼岸カクテルなんだ。四捨五入というのは、死者後柔ということで、死んだ人が後になって思い残すことのないように、一時的に会話できるんだ。そんなにこわがるな」

よく見ると、ばあちゃんは優しく微笑んでいる。俺は少し、ほっとした。

それからだ。俺もじいちゃんといっしょに、彼岸カクテルを飲むことになった。

飲むたびに、違う人が現れた。

あるときは、男にフラれて自殺した女。

あるときは、交通事故で死んだ少年。

みんな、この世に心残りがあったんだ。

俺は、みんなに約束した。

未練を、必ず断ち切ってやるってな。

だからほら。

俺のところには、遺産がガッポリ入ったろ。

死者がお礼に、遺産を分けてくれたのさ。

バーはどこかって?

さあな。じいちゃんが死んでから、どこかに移転しちまったようだ。

おい、なんだそのナイフは。

やめろ、俺は彼岸カクテルのレシピを知らないんだぞ。

posted by アスリア at 06:53| Comment(0) | エッセイ