2017年08月22日

燃えない塗料

燃えない塗料

二千円札だ。
珍しい。というより、迷惑だった。なんでこんなものがまだ流通してるんだ? 切符を買うときだって、自販機に投入するときだって、二千円札だけは通用しない。こんなものより、百万円札が流通する方がよほど、世間のためだ。

おれは、その札を持ってきた客をじっくり検分した。
ここは便利屋の事務所である。便利屋であるから、手頃な値段でいろいろな雑務をこなさねばならない。年寄りのための買い物から、蜂の巣の駆除まで、業務は多岐にわたる。

相手の客は、ニコニコ笑いながら、無邪気そうな顔を見せている。
青年、というより少年に近いだろう。学生に違いないが、いまは平日。学校はどうしているのだ?

「これ、いくらで買ってくれますか?」
相手は、涼やかな声を発した。
おいおい。おれは便利屋だぞ。古金買いにしたって、二千円札はまだ新しかろう。

イライラしてきたので、おれは声を荒げて言った。
「おれは便利屋だ、銀行じゃない」
「これでもダメですか?」
  青年は、二千円札にライターの火を近づけた。

「おい待て!」
  椅子から跳び上がって、そのカネを奪おうとして、凍りついてしまった。

なんてことだ。二千円札が、《《燃えてない》》!

「燃えない塗料を、塗ってあるんです」
  青年は、クスクス笑いながら、二千円札をヒラヒラさせた。
「塗料は透明で、膜ができるので水をはじいて、長持ちしますよ」

燃えない塗料。

便利屋としては、魅力ある商品だ。
台所、仏壇、ファンヒーターなど、家庭内で火を使うシチュエーションは多い。

とくに今年の冬は寒いというから、火を使う確率は、高くなるだろう。
これをうまく、お得意様に売りつけたら、一儲けできるのではないか。

「あなたなら、コネクションもありますし、販路も広げられそうだ。ぼくの発明品を、有効活用してもらえるでしょう」
青年は、言ってほほえんだ。

おれはさっそく、試供品をもらって、自分の木工細工に塗ってみた。
この塗料がほんとうに、詐欺でないことを確認するためだ。

効果のある素材として、紙・木材・繊維・ゴム・プラスティックというものがあげられるという。ひとつひとつ、検証していった。

  たしかに、燃えない。
新聞紙も、金槌の柄の部分も、タオルも、輪ゴムも、プラモデルも燃えなかった。

「これは便利だ」
使いようによっては、いろいろな用途が考えられる。
文化財とか、古民家とかに使ったら、保存剤としても需要が高まるだろう。

貴重な文化遺産が守られるのだ。
国からも、がっぽりいただけるかもしれない。
うんうん。
そういう未来なら、大歓迎だ。
おれは、その塗料を、大切に冷蔵庫に保管した。

 

翌日、おれは警察から呼び出された。
「いったい、なにごとだ」
おれには、さっぱり身に覚えはない。
その警官は、署内の椅子に座ったおれを、うえから抑えつけるようにして言った。

「こいつに、見覚えがあるか」
写真を見せられて、眉をひそめた。あの、塗料の青年だ。
たしか、名刺を持っていたと思って札入れを取り出すと、警官はそれを手で押さえ、

「偽札づくりで、逮捕する」
と言うのである。

偽札?
冗談だろう。しがない便利屋のおれに、そんなコネも財力もありゃしないじゃないか。

「偽札なんて、作ってません」
「しかしこの青年は、美大を出た贋作王と呼ばれる青年でな。精密な描写と説得力のある画力で紙幣を量産していたのだ。おまえだって、一枚噛ませろという依頼をしたんだろう?」

おれは、ぶんぶん頭を振った。そんなことは、一切していない。していませんとも。
「もうネタは割れているんだぞ。この紙幣を見ろ。ゴワゴワして、手触りからして偽札だ。気づかなかったのか?」

その警官の持っているのは、例の二千円札であった。

おれは、天をあおいだ。
例の、燃えない塗料を塗った紙幣。
二千円札だったから、偽物だと思われているのである。

「でも、ちゃんと透かしも入ってますよ! 偽物じゃ、ありません!」
おれは、必死で、燃えない塗料の話をした。

警官たちは、顔を見合わせていたが、おれが家に戻ればわかる、冷蔵庫の中を見ろ、としつこく言ったので、一応なっとくして帰してくれた。

青年は、たしかに偽造に通じていたが、偽札を使用したことは一度もないと言っていたらしい。証拠もないし、警官はくやしがっていた。なにしろ二千円札に塗料を塗ったのは、いたずらのつもりだったというのだから、こまったお兄さんである。

「ご迷惑かけました。お詫びに、塗料は10キロまで無料とさせていただきます」

青年は、一礼した。

その手にしている紙幣を、おれは疑いの目で見ていた。
あんな進んだ塗料を作れる技術を持っているのなら、二千円札の模様を消す塗料もつくれるかもしれない。

もとの模様を落として、贋作を作り、絵の具が剥げないように燃えない塗料を塗る。
そうして、おれのところに来て二千円札が通じるかどうか、確認する。
青年なら、それをするだけの技術力はありそうだ。



しかしまあ、燃えない塗料が10キロタダで手に入るのだ。
警官が、いじわるな口調で、おれを犯人に仕立てようとしたのも気に入らない。

青年が前科持ちだとしたら、また刑務所には入りたくないだろう。
おれは、青年を見逃すことにした。
その代わり……。

 

「おい、燃えない塗料を剥がす法を、考えてくれ」
おれは、青年に注文した。
燃えない塗料が一定量、さばけたなら、今度はそれを塗り直す必要がある。

塗料を塗り直すためには、塗料を剥がさねばならない。
また、需要を開拓できるというモノだ。

青年には、こういうマトモな稼業で稼いで欲しい。
贋作づくりより、よほどこっちのほうが、青年には向いていると、おれは思っている。

posted by アスリア at 13:00| Comment(0) | 創作
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