2017年11月06日

魔法世界のリフジーズ 01 落雷 03 (リライト)

「しっかりして、ちょっと! いつまで伸びてるのよ!」
耳元で、だれかの声がする。意識に薄い膜がおおったような気分で目を開けると、目の前に知らない女が立っていた。もちろんあとで、それが高野 香澄だということは教えてもらってわかったのだが、いまはまったく意識がもうろうとしていた。彼女の台詞もところどころ、わかりにくい。伸びている? ゴムみたいに、人間が伸縮するものだろうか。
あたまのなかが、がんがんする。なにかがあたまの中心に居座っているような、そんな気分だ。思わず額をおさえると、女は心配そうになった。
「だいじょうぶ?」
―――ふつうに振る舞わないと。せっかくつかんだ再就職のチャンスを、棒に振るぞ。
最初に浮かんできたのは、そんな考えだった。大好きな語彙ジャーキーを食べるチャンスがなくなるのは困る。
語彙ジャーキー?
あれは、セマミラーの食べ物では?
セマミラーに定期的に食べさせる、エネルギーパックの一種が語彙ジャーキーである。そのカプセルを食べさせることによって、セマネットから情報をゲットできるようになる。語彙ジャーキーは、百均ペットショップやスーパー、コンビニなどで売られている。
語彙ジャーキーのことを考えたとたん、激しい飢えがおそってきた。目の前の女が、急にうまそうに見える。おれはがばと起き上がり、女に抱きついた。
「あら、そんなにあたし、魅力的?」
落ち着き払って女はそう言うと、丁寧におれを引き剥がして、
「でも、あんたには、東野 知巳って女がいるでしょ。年寄りだけど」
―――愛に年齢差はない、が人類のテーゼだったよな。
こころのなかの何かが、冷笑している。
おれはよろよろと立ち上がった。どうにか頭がはっきりしてきた。じょうだんじゃない。東野 知巳はただの生徒で、恋愛対象じゃない。
むしろ、目の前の女の方が、好みといえる。
女は、ますます心配そうにこちらを見つめている。
「まじめな話、だいじょうぶなの? あなた雷(いかずち)を、モロ浴びたのよ?」
「だいじょうぶだ」
声がしゃがれていた。女は眉をひそめる。体調は絶不調だった。率直に言って、帰って寝たかったが、家のありかがわからなかった。
―――家のありかなど心配するな。ただ、セマミラーを破壊すればいい。
こころのなかの何かがささやいた。
「顔色まっさおよ? 病院に行った方が、いいんじゃないの? 救急カーゴを呼ぼうか?」
顔色と病院の間には、何の関連性もないように思える。それに、救急カーゴを呼ばれたら、こころのなかを探られて、妙な発見をされるかもしれない。
精神病院に入れられるのは、まっぴらだった。
「だいじょうぶだと言ってるだろ!」
乱暴に言い捨てると、おれは公民館内に入っていった。
―――おまえはこの任務を完遂させるのだ。でなければ、ほかのものが代わりを務めるだろう。おまえは再び、使い捨てられるのだ。
こころの声が、含み笑いをして言った。
おれは、教室のなかへ入っていった。

ツボを押されるセマミラーの、軽いハミング声が聞こえてきた。いつもの景色だ。
立体机に置かれたセマミラーに指を突っ込み、先ほどから東野 知巳が四苦八苦している。
ひとり、またひとり。セマミラーを扱えるようにご老人たちを「教育」すればするほど、講師になれる可能性は拓ける。数をこなし、難民(リフジーズ)を減らし、情報を津々浦々に行き渡らせる。極言すれば、世の中は、情報だ。たいていの重要な情報や、お得な情報、生や死やセックスに関する情報というのは、公開された媒体のなかに入っている。それを引き出す技術は教えられるが、それ以上は教えることはできない。
できないはずだ。
東野は、おれの顔を見ると、パッと目を輝かせた。
いやな予感がする。
「宮崎さん、こっちこっち! 待ってたのよ!」
軽くシナを作り、目をウインクさせている。正直いうとオエッという感じだ。しわだらけの顔に、痛んだちりちりの髪の毛が両サイドを跳ねている。着ているものもおばあちゃんくさくて、足下なんかは不細工な灰色のスエードでできていた。
あれこれ考えながら、おれはそっちにゆうゆうと近づいていく。
「十分も遅刻した! 遅いわよ! 早く来て、セマミラーが動かなくて困ってるんだから」
東野は、突っ込んでいる手をセマミラーから引っこ抜いて、両手を万歳にさしあげた。
「ウンともスンとも言わないの」
「そういうときには―――」
おれは、自分の記憶をまさぐった。そして、足下が崩れそうになるほど愕然とした。
セマミラーに関する記憶が、まったくない!
表面は平気そうな様子を取り繕った。講師予備軍、ボランティアの一員としてここに来て、不安定な職場から正規の仕事につくのが目標なのに、頼みの知識を失ってしまったら、あとはホームレスにでもなるしかない。
「どうしたんですか?」
東野は、おぼつかない口調で訊ねた。年寄りにはよくある口調だ。
教室の扉に、例の女―――香澄が現れた。
「ねえ、ほんとにだいじょうぶなの?」
「なにが?」
東野が、きょとんとしている。じれったそうに香澄は、
「さっきの雷鳴、聞いてたでしょ。このひと、モロに浴びちゃったのよ」
「あらそれは大変。ここはほかのひとに任せて、あなたは早く病院に行きなさい」
急くように、東野が言った。
かまわず、おれは右手で彼女のセマミラーに触れてみた。
蛇のような電流が右手からあふれて、セマミラーに注ぎ込まれた。ビシッとセマミラーが反応する。それに呼応して、おれの体内から咆吼がとどろいた。
―――こわせ! 滅ぼせ! 破壊しろ! それがおまえの使命だ。
セマミラーは、手の中でもだえた。ビクビクと身体中をふるわせ、表面の突起物は出たり入ったりを繰り返している。しゅうしゅうと、生ゴミが煮えるようなにおいがたちこめてきた。
セマミラーが燃えている! ドラゴンの灼熱の炎にも耐えるセマミラーが!
あっけにとられる人々の目の前で、ウミウシの大きさだったセマミラーは小さな岩の塊になり、ぷすぷすと音を立てて燃え尽きた。おれは、震える手を引っ込めると、あたりを絶望的にみまわした。
みなは、呆然としていた。しかも、がくがく震えていた。「化物……、化物になった!」
教室の一番後ろに座っていた顧問の隅田が、半分悲鳴のような声を上げる。
「だいじょうぶだ。一時的な帯電だ」
おれは、必死でいいわけを考えた。おそらく、雷に打たれた衝撃で、しばらくのあいだ身体中に電気がたまってしまっているのだろう。一般に魔法アイテムは電気に弱い。雷神がやってこないように、神社を建てる企業もあるくらいだ。
「病院へ行きなさい」
顧問の隅田は、威厳のこもった声で言った。
  すでに、香澄が救急カーゴを呼んでいる。抵抗はしないほうがいいだろう。
おれだって、こんな状態が長く続くのは勘弁だからだ。
病院へ行けば、すべてが解決する―――はずだったのだ。
しかし、そうはならなかった。

posted by アスリア at 13:36| Comment(0) | 創作エッセイファンタジー
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: