2018年05月18日

鮎は嫌い

鮎は嫌い 鈴宮とも子

わたしは鮎。料亭『やましな』の水槽で、ドジョウやヤマメと一緒に泳いでいる。水槽は、客が見えるところにあるので、客のいろいろが観察できる。
このあいだは、川魚が苦手という親子連れがやってきた。女将の山科は、しきりとわたしを薦めたが、母親は頭を振ってことわっている。
「ねえ、お母さん。たまには鮎も食べたら? いつもステーキやハンバーグじゃ、太るわよ」
二十歳ぐらいの女の子が、母親らしい女性に助言している。
「わたしはねえ、鮎はきらいなの」
母親は、吐き捨てるように言った。
「だいたい、量が少なすぎるわ。魚でも、ブリとかマグロだったら、わたしも許せる。けど鮎には食べ応えなんてぜんぜんないでしょう。塩がたっぷりかかってて、血圧にもよくなさそうだし、食べたらみょうに薬くさい味がするし、それがなんとも貧乏くさくてもの悲しいのよね」
「ここは料亭よ?」
二十歳ぐらいの娘さんは、あきれて言った。
わたしも、こういう客に食べられるのはごめんである。この美しいからだと、薫り高い身を食べてくれるのは、味覚の優れた人間であってほしい。こんな親子連れなどに、わたしの美しさ・おいしさがわかるわけがない。
しかし、わたしの人気は、一昔前とはずいぶん違っているようだった。わたしの先祖の世代なら、鮎と言えばごちそうだったのだ。泳ぐように火で炙られた身を、タデとスダチで食してもらう。香ばしい身が口いっぱいに広がる。これがわからなくなるとは、なんと日本人の味覚も変わったことだろう!
店主の山科が、わたしの友だちを捕まえた。友だちの鮎は必死であばれたが、抵抗は無意味だった。
「それじゃ、鮎料理三昧といきますか」
山科はそう言うと、その鮎を使って、天ぷらにし始めた。
「いやだわ。わたしは鮎が嫌いだって言ってるのに」
母親は、ブツクサ文句を言っている。わたしは、次々と料理されていく鮎たちを、恐怖の目で見守っていた。弱肉強食の世の中であるから、人間に食べられるのは自然の摂理であるが、ろくに食べられなくて捨てられるのなら、生きてきた甲斐がない。
それに、調理している人のまえで、料理のことをあれこれ文句付けるのってどうだろう。性格わるいんじゃないか、この女。
「鮎はいいわよ。ダイエットにもなるし」
娘さんが説得している。
「お父さんのことを思い出すのよ」
母親は、少しうつむいた。
「鮎が大きらいで、わたしがどんなに説得しても、ぜったい口にしなかった」
「でも、お父さんは、もういないの」
娘さんは、からりと言った。
「天国へ行っちゃったんだから、もう解放されてもいいはずよ」
「お父さん……ばか……」
母親は、ハンカチで目をぬぐった。
「お母さんがいつまでもそんなんじゃ、お父さんは悲しむわよ。自分の世界を広げなくちゃ」
娘の言葉に、母親はうん、とうなずいている。
しばらくして、わたしの隣にいた鮎が、天ぷらになって供された。
「鮎と言えば、塩焼きでしょうに」
お母さんが疑問を呈すると、
「料理法を変えて、コケのにおいをできるだけおさえたのよ」
と、娘さん。
仕方なさそうに鮎を見つめたお母さんは、
「あら、このにおい……。春の日ざしのようね」
と言いつつ、全部平らげてしまった。
「つぎの鮎料理も、だいじょうぶそうですね」
山科はそう言うと、わたしをつかまえた。
塩焼きにされながら、わたしは、娘さんの声をかすかに耳にした。
「お母さんったら、食べようと思えば食べられるんじゃないの。なんだかんだ言って、ほんとは好きなのね? きらい、きらいも好きのうち、って言うし」
母親が答えて言った。
「今度はビールが嫌いになったわ。おごってくれたら好きになるかも」
よかった。わたしは、ちゃんと食べてくれそうだ。
身が焼かれるのを感じながら、わたしはほっと息を吐いていた。

posted by アスリア at 16:11| Comment(0) | 創作
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