2017年03月21日

おれはフェリックス

    おれはフェリックス

気まぐれは親ゆずりだが、それで損をしたことは一度もない。しかし、さすがのおれもカッとなった。おれは難しいことはわからん。ドイツのワイン畑で見張り番をするのが日々の暮らしだ。仕事に関しては人一倍誇りを持っているし、事実、いろんな人が褒めてくれる。


あるとき、おれがワイン畑でいつものようにパトロールしていると、その畑の入口で、一人の女が、照れたようにこっちを見ている。

「フェリックス、こっち来なさい」
だれだろう。見たこともない女だ。着ている服は高級そうだし、指にじゃらじゃらとダイヤの指輪がきらめている。はっきり言って、タイプじゃない。

おれが返事をせずにいると、女はつかつかと近づいてきて、おれの肩をつかみ、
「ああ、かわいい!」
ほほをすり寄せてくるのだ。冗談じゃない。貧しくとも働きがいのあるこの職場で、こんな甘ったるさにだまされるものか。
おれは手をふりあげて、そいつのほほをなぐりつけた。

「あーっ!」
駆け寄ってきたのは、おれの上司のヨハンだ。真っ青な顔をしている。
「どうだい、思い知らせてやったぜ」
おれがそう言うと、ヨハンはおれを引っ張って自分の腕の中に抱きしめ、


「ダメじゃないか、この人は畑の新しい持ち主だよ」
「あらあ、いいのよぉ。驚かせちゃったんでしょう。わたしが悪いの」
女は、しゃらりと言ってのけ、
「ヨハンさん、フェリックスを譲っていただけないこと? 給料は倍出すわ」


ヨハンのやつ、少し考え込みやがった。おいおい、だいじょうぶか。


「すごく役に立つんですよ。フェリックスが来てから、ぶどうの被害が少なくなりましたし、なにより牛や馬とも相性がいい。これほどの天才を、右から左へ……」
「一万ユーロ、出すわ。これでどう」
女は、高飛車に言った。
「は、では譲ります」
おれはこうして、女の家に引き取られた。

どうにも落ち着かない。仕事はおれの生きがいだった。それを取り上げられて、上げ膳据え膳の毎日。スレンダーだった肉体はぶくぶく太り、テレビ三昧で頭もパーだ。

家に帰ろう。

おれは、こっそり女の家を出た。
見上げると、ワイン畑などどこにもない。
見たこともない、灰色の建物が、ズラリと並んでいる。
きんきらのガラスが日光に映えていた。


ダメだ。
これじゃ、帰る前に迷っちまう。
おれはあっさりあきらめた。
以来、食事を出されても、水を差し出されても、一切口にしなかった。
おれは帰りたいんだ。

 

「フェリックス……。どうして言うことを聞いてくれないの? わたしがなにか、悪いことしたのかしら」
女は、心配そうにそう言った。
そして、決意をしたように、電話した。
「ヨハン、フェリックスの様子がおかしいの。早く来てちょうだい」

ヨハンは、すっかりやつれていた。
おれもきっと、おなじぐらいやつれているだろう。
「フェリックス!」
あいつの顔が、おれを見るなりパッと輝いた。
「会いたかった! あんたがいなくちゃ、農園はやっていけないよ」


「にゃごー」
おれもそう、答えた。
「しょうがないわね。あんたたちの友情のほうが、わたしの愛情より強かったってわけか。帰っていいわ」
女は、脱力したようにそう言った。

 

おれは今では、農園のウラ番だ。
ヨハンは、おれにすっかり参ってる。
おれを抱き上げなで回し、
「おまえはほんとうに、役に立つ猫だなぁ」
と言うんだぜ。
まったく、それは事実だけどな。

posted by アスリア at 14:58| Comment(0) | 創作

2017年03月27日

猫との約束

猫との約束

捨て猫を拾って助けてあげる仕事をしている篠原は、ある日不思議な話を聞いた。
「近くの化物屋敷に猫が出て、夜な夜な人を襲っているらしい」

化物屋敷というのは、篠原の近所にある屋敷で、近いうちに修繕工事が始まると言いつつ、なかなか進んでいない。どうやらそこに猫が住み着き、人に迷惑をかけているようだ。あの荒れ果てたビルに、どれだけの猫が住んでいるのかは判らない。しかし、近所の人を襲うようなら、なんとかしなければ。


篠原は、猫缶を持ってその化物屋敷を訪れた。


その屋敷は日本家屋になっていて、あちこちの柱が腐っていた。屋根はボロボロで、扉は半分壊れている。大家さんからは、中に入っていいと言われていたので、篠原は扉を開けて中に入っていった。


うすぐらい部屋の中に、たったひとり、おじいさんが座っている。
「何しに来たのじゃ」
と、おじいさんは言った。篠原が事情を説明すると、おじいさんはうーむ、とうなり声を上げて、人間は信用できない、とか、かわいがっていた猫をすぐ捨てる、とか、いろいろな欠点をあげつらうのである。

「おじいさんは、なにものですか」
篠原が問いかけると、そのおじいさんはにやっとヤニのついた歯を見せて、
「わからんか。わしは化猫じゃ。人間をうらんで、おまえさんをとりころしてやろうと思っておるのだ」
というのである。


篠原は驚いたが、胸に手を置いて自分を落ち着かせ、手に取った猫缶をかざすと、
「ぼくは猫を助ける仕事をしています。この猫缶でおなかの空いた猫を助けてあげて、自分の家に引き取ろうと思っています」
そんな風に言うと、おじいさんは、


「おまえのような若造に、なにができる。捨てられた猫をすべて引き取れるのか」
と、無理難題をふっかけてくるのである。
そこで篠原は、


「そりゃ、無理なことかも知れないけれど、できるだけのことはしているんです。猫に手術をしたり、引き取り手を探したり。ぼくなんて、もう二十匹も猫を飼ってます」
「ほお」
おじいさんは、少し驚いたように目を見開きました。
「ねえおじいさん。化猫になるより、かわいらしい猫になって、一緒に暮らしませんか」
と、篠原が言うと、おじいさんは肩をすくめて、


「いまさら元にはもどれない。だが、ほかの猫たちが、ここに遊びに来る。そいつらの面倒を、おまえさんが見てくれるのなら、人を襲うことはやめよう」
「もちろん、そうします」
篠原は、手を差しのばして固く握手した。

 

 

その数週間後、どうしても引き取り手のないおじいさんの猫が、廃ビルで見つかった。
篠原は、それを例の化猫のおじいさんだと思って飼いはじめると、その猫はとても優秀で、都会に住む大きなネズミを次々とやっつけてしまった。


テレビ局の人までやってきて、引き取り手を探しませんか、と聞かれた篠原は、
「とんでもない。化猫のおじいさんとの約束ですから」
と言ったそうだ。
テレビ局の人はそれを聞いて、


「二十匹も猫を飼っているのに、まだ飼ってるよ」
と陰口をたたいたが、篠原はおじいさんの猫を特にかわいがり、その赤い毛の色から
「エビスくん」
と呼んでいるそうだ。

posted by アスリア at 12:52| Comment(0) | 創作

2017年03月28日

パルケス国の危機 (01)

 

俺とメリアは、朝早くに城を出発した。
国境のインパス山頂にあるケルン洞窟に、夕方限定で仙人がお籠もりになる
という噂を聞きつけたからである。


方位磁石も、水筒や食糧ももちろん持っている。
高レベル魔法を使えれば、こんなものなど必要ないのに。
背中にびっとりと麻のシャツを貼り付けた俺は、山道で転げそうになって
いるメリアに手をさしのべて、なんとか道を進んでいた。

このインパス山は、初心者でも登れるくらいの低山だが、石や岩がごろごろ
している山道では、ちょっとした油断が命取りになる。足をけがして降りられ
なくなったら、もはやこの国の望みはない。


木々の青さが、太陽の下で光り輝いている。小鳥がさえずっている。小川が
見えてきた。サンダルが濡れてしまうが、かまってはいられない。じゃばじゃ
ばと、音を立てて川を渡る。方向は、間違っていないはずだ。洞窟は北のほう
にあり、そこまで行くのに三人の関所の妖怪と対決しなければならない。

領主の長男だというのに、俺の使える魔法は、スティックリーとリカバリー
とライトショックだ。こんなしょぼい魔法じゃ、あいつに勝てっこない。仙人
さまに、なんとかしてもらわねば。


ちなみにメリアは、まったく魔法が使えない。領主の長女として恥ずかし
い、とメリアは隠れて泣いていたことがあった。
だからこそ。
大魔法使いアーヴィングに城を任せて、ここまでやってきたのだ!
「わたしたちの願い、聞いてくれるかな」
メリアは、不安そうに顔を寄せた。


「仙人は、大事なものと引き替えに、ひとつだけ願いをかなえてくれるって言
うからな。だいじょうぶ、俺たちだって、身を清めて聖なる食事を取ってきた
んだから」
俺が答えると、妹のメリアはかすかにうなずいた。

しばらく歩いて行くと、山の関所が見えてきた。ここを越えなければ仙人の
いる洞窟までは行けない。逆に言えば第一関門だ。俺たちは、しっかりと手を
つなぎ合い、関所の妖怪に対峙した。
門構えは、朱塗りの柱にコオロギがとまっていて、どこか別世界への入口の
ようにも見えた。
右側に、何者かの影が、槍を持って立っている。

posted by アスリア at 09:15| Comment(0) | 創作