2017年04月10日

パルケス国の危機 03


俺たちは、さらに先へ進んだ。
道なりに、ロープが垂らされている。そこを伝って渡っていくと、目の前に滝が現れた。大きな滝で、虹がかかっている。インパス山は低山であるから、滝があるのは不自然なのだが、実際にあるのだから仕方がない。しかも滝には虹がかかってるばかりか、空中に岩が浮かんでいる。こびとたちがそこで何かを運んでいるようだ。ここが魔法の山であることを、俺とメリアは改めて実感した。こびとたちは、人間の膝あたりに頭が来るほどの大きさで、なにか円形のものを持って忙しげに右往左往している。攻撃する気配はなさそうだ。
「困った困った」
「仙人さまに叱られる」
「こびとの鏡が、壊れてしまった」
口々にそう言い合っている。
「どうしたんですか」
止める間もなく、メリアが大声で彼らに呼びかけた。すると、蜂のように右往左往していた彼らは、時間が止まったかのように停止した。
「ニンゲンだ」
「こんなところに、ニンゲン?」
ささやきは、滝の音にも負けていない。なにか、特殊な魔法でもかかっているのだろうか。
こびとの一人が、こちらを見下ろした。
「武器は持ってないぞ」
「仙人さまに、会いに来たのかな」
木の葉のざわめきのようなささやきが、滝の轟音からこぼれてくる。
「妖怪に会って、槍を奪った。ところがその槍は、消滅してしまった」
俺は事情を説明しようとした。
とたん。
耳をつんざく金切り声とともに、いっせいにこびとたちが岩から落ちて来た。
俺は、反射的に身構えた。なりが小さいため迫力は、あまりないが、これが第二関門だとすると、手荒い攻撃が待っているはずである。少なくとも、妖怪はすぐに槍で攻撃してきた。
こびとたちが地面に着地した。着地するなり、俺たちの周囲を走り回りはじめた。チュニック姿の愛くるしい表情を浮かべた、五人の小太りの連中だ。みんな同じ顔で、女。肉感的なその容子に、違和感があった。これが、第二関門なのか?
「ニンゲンが、来た」
「仙人さまのおっしゃったとおり」
「われわれの問題を、解決してくれる」
わらわらわら。
こびとたちは、周囲で走り回っている。
「ちょっと待て。ここは、第二関門……ぬ」
先頭が、コケた。
どどどっ。
積み重なるように、こびとたちは、足をもつれさせて身体を投げ出した。
ドミノのように倒れたこびとたちを拾い上げたのは、メリアだった。
「だいじょうぶですか?」
敵意のないのはハッキリしたが、なんともはや、めちゃめちゃだ。
「この第二関門まで来たニンゲンは、あんたらが初めて」
こびとは、うれしそうにメリアの腕の中で、キーキー言った。俺は五人ほどいる彼らを見下ろし、抱きしめるメリアと彼らを見比べた。
「だいじょうぶか」
どうやら試験場には来られたらしい。第二関門の試験がなになのかは、いまだにサッパリ判らないのだが。
声をかけてみて、こびとたちが、クスクス笑うのが気になった。チュニックは、ほとんど胸がはちきれそうだ。ぽよよーんとチュニックの紐がほどけている。俺は目のやり場に困ってしまった。
「けがは、なさそうだな。いったいなにごとなんだ。困っていたようだが」
「そうそう」
メリアの腕中の右端のこびとたちが、大きく頷いた。
「我らは、困っている」
「困っているから、困っている」
「大切なものを、壊してしまった」
「直せるのはここに来られたニンゲンのみ、と仙人さまに言われている」
「直して欲しい」
「直したら、ここを通してやる」
俺とメリアは、顔を見合わせた。
「出来ることは、せいいっぱいやるつもりだ」
俺は、メリアからこびとを受け取り、地面に下ろしてやりながら、
「だが、あまり期待して欲しくないな。俺の使える魔法は、リカバリーとライトショックの二つだけだ。人を縛り付けるスティックリーは、もう使ってしまったから、今日中には使えない。リカバリーはケガを治したりする魔法だし、ライトショックは軽めに衝撃を与えるだけだ」
「だいじょぶ」
こびとは、ニコニコ愛想たっぷりに答えた。
「ちょっと鏡を直すだけ」
「鏡?」
俺は、当惑してこびとを見つめた。
地面の五人は、いっせいに頷いた。
「ケルン国内を映す鏡だよ」
「国のニュースが判るんだよ」
「それを仙人さまに伝えるのが我らの仕事なんだよ」
「それなのに、ビブルが壊したんだよ」隣を示す、こびと。
「ビブルじゃない、ハブルが壊した」隣を指さすビブル。
「ハブルじゃない、フブルが壊した」その隣のハブルは、また隣を示す。
「フブルじゃない、ヘブルが壊した」ヘブルは、最初のこびとを示す。
「いや、だれが壊したかは問題じゃない。鏡を戻すのが肝腎なんだろう」
訂正を試みると、五人はいっせいに、
「あはははははは、そおだね」
「一本取られたね」
「我らより知恵が回る」
「妖怪を倒す勇気もあるし」
「期待できそう」
「すごい実力だもんね」
「鏡、直せるかな」
「手がかかるかも」
「時間もかかるかも」
「我らも手伝おう」
おう! と五人は拳を振り上げた。
俺は、胸の内に、すうっと渦巻くなにかを感じていた。時間がかかる。手がかかる。万が一、夕方に間に合わなかったら、明日にはケルン国は滅んでしまう。じんわりと、メリアの瞳に宿っているのは、夏の暑さの汗では決してありえない。
―――俺に、対処できるのか。
しょぼい魔法三つしか使えない、才能のない魔法使い。
そのうち一つは、使ってしまった。
なのに関所守護という重要任務についているこびとの難問を、解くことができるのか。
「服は、脱いだ方がいいよね」
こびとの一人が、俺の足元にやってくると、チュニックの紐をほどきはじめた。
「おい、おい、おい!」
とんでもないことになりそうだ。俺は思わず、こびとの頭をおさえつけた。
「なんで脱ぐんだ。鏡と、どう関係があるんだよ!」
「だって依頼するときは、こびとはみんな、脱ぐんだよ?」
そのこびとは、こともなげに答えた。
「我らの色気で、鼻血ぶー」
「いらんわ!」
俺は突っ込んでしまった。
「そお? 残念」
「無念」
「色気より食い気かもね」
「あ、それはあるかも」
五人の会話は、一気に盛り上がってしまう。
「なにを、食べたい?」
「カエルの死骸」
「ヒルの干し物」
「吸血コウモリの唐揚げがあるよ」
俺はイライラした。
「それはいいから、早く鏡の所へ連れて行け」
「じゃ、こっちね」
  リーダー格らしきビブルが、先に立って歩き出した。

posted by アスリア at 16:11| Comment(0) | 創作

2017年04月26日

パルケス国の危機 05

               ☆ ☆ ☆

「これでどうだ!」

リカバリーをリルタイトに放つ。まるで蟻地獄のように、魔法がリルタイトに吸い込まれていく。無限のエネルギー。
「くそ」
リルタイトには、何の変化もない。微光が放たれているばかりだ。普通ならこの光は大きくて豊かで、ケルン文明の象徴でもあるのだが。
俺の力が抜けていく。雨のようにエネルギーが降り注いでいるのに、いっこうに鏡が修理される気配がない。どころか、リカバリーの魔法の影響は、毛一本も感じられない。ムリだったのだ。ムダだったのだ。
「畜生」
ヒルのように吸い込まれていくエネルギーを感じ、最初の荒胆(あらぎも)をくじかれた俺は、すべての魔法を吸われるまえにライトショックを放った。

「こっちでどうだ!」

やはりぴくりとも、動かない。俺はやけくそになって、破片のひとつに触れた。
すると、そのときだ。破片の一つ一つが浮き上がって、まるで鳥のようになきながら、鏡の周りを回り始めたのは。
破片は、キラキラと輝きながら、くるくると鏡台の周りを廻り始める。
俺は、茫然とそれを見守っている。
実際、破片のひとつひとつが、微かに風を起こして廻る中に、銀色の輝きがたったひとつ、鏡台の真ん中で泉のようにともっているのは、魔法になれている俺にとっても、なんとも不思議な、美しい眺めだった。
そのうちに、破片の運動は、いよいよ速くなっていく。
とうとう、廻っているとは思えないほど澄み渡ると、いつのまにか、燐光を放つその破片が、ジグソーパズルのように、ひとつひとつ鏡の中に入り込んでいるのだ。同時に、リルタイト製の鏡は亀裂がなくなり、元の姿に近づいていく。
破片は、いよいよ勢いを増して、一気に鏡台に入り込んだ。
圧倒的な光の洪水。
そして。それが終わってみると。
すべすべした鏡の表面が、こちらを向いている。

「―――成功、したのか?」

自分でも、信じられなかった。生まれて初めての混合魔法が、こんなに効くとは!
鏡は、完璧な姿になって、俺の目の前に立っていた。
なぜか金色に輝いている。
その光の中を、五人のこびとたちが踊っている。
映像がそれを、うつしとる。
こびとたちの声が、どーっととどろいた。
「素晴らしい! やれると思った!」
五人は、手を取り合って喜んだ。
「これで、ケルン国のニュースが見れるよ」
「仙人さまに、報告が出来るよ」
「お礼に、あんたのいままでの魔法を、すべてお返しするよ!」
というと、五人はぐるぐる俺の周りを手をつないで廻り始めた。
「いや、むしろ俺の欲しいのは―――」
言いかけたとき、冷たい声が遮った。
「願い事は慎重に。叶ってしまうかもしれんぞ」
ぎょっ。
として振り返ると、顔に冷たい笑顔を貼り付けた、見知らぬ老人が立っていた。
服は真っ白でボロボロだが、長いあごひげ、気難しい表情、どれをとっても人間ではない気配を感じさせる。
「仙人さまだ」
「仙人さまに、ご報告。鏡が直ったよ」
「壊されてた鏡が直ったよ」
「ケルン国、どうなってるかな」
「見ようよ、見ようよ」
こびとたちに引っ張られていても、仙人さまは微動だにせず、
「ポール。メリア。あんたらが来るのは判っていた。第二関門は、無事通過したようだが、これからの第三関門にどう立ち向かうか、そこにおぬしらのすべてがかかっておるぞ」
地鳴りのような声だった。五人のこびとたちが、こそこそ話し始める。
「まだテストするつもりみたい」
「飽きもせずによくやるね」
「つきあってらんない」
「我らは部屋の奥へ行こう」
そそくさ。ちょこまか。五人は部屋を出て、廊下の向こうへ消えていった。
仙人さまは、背中の鏡を振り返って、壁際のその鏡を眺めていたが、やがて俺の方に手を差し出して、
「最後の難関は、わしを説得して、あの兵器を倒す力を手に入れることだ」
と言い出した。
俺は、勢いよく顔をあげ、鏡に映ったあいつを眺めた。
―――兵器。
兵器だったのか、あいつは。
黒い影が映っている。
雲を突くような大男。
リルタイトすらかなわぬ、コールド・ブラスターすらはね飛ばす、あいつと戦えるのか。
まともな魔法すら使えない、この俺が。
「だいじょうぶでしょうか、オヤジもムリだったのに」
俺は、自分の身体が震えてくるのを感じた。
「あの暴君は、それにふさわしい死に方をしたのだ。惜しむ必要はない」
冷酷なまでの、仙人さまの言いようだった。
「あいつは兵器だそうですが、どこから差し向けられたんですか? 我が国は四方を雪の山脈に囲まれていて、そこを越えるのはかなり難しいのです」
メリアが、押し出すように質問する。仙人さまは、取って食いそうな笑顔を見せた。俺たちは、当惑して顔を見合わせる。
「知らないのか、なにも」
仙人さまは、あざけるような顔になり、気の毒そうに鏡をみやった。
ちょうどあの人型兵器が、がつーん、がつーんと手にした鉄球のようなもので、リルタイト製の城を崩そうとしているところだ。リルタイトは、強い物理攻撃にも耐えることが出来るが、長くは持たない。俺は思わず、鏡の方に一歩近づいた。叶うことなら、コールド・ブラスター以上の魔法を学び、あいつを倒してやりたい。
「ケルン国は、武力で隣国チリアンを制圧した。そして、絞れるだけ搾り取って、貧困の内にとどめていた」
仙人さまは、あいつを眺めながら、思い起こすように言った。
「だからこそ、わたしはケルン国領主バンガードに警告したのだ。このままにしていたら、いずれツケを払うことになると……。思った通り、ヤツがやってきた。チリアンの魔法使いたちの魔法結集によって。わしには、どうすることもできん」
「仙人さま!」
俺とメリアは、同時に叫んでしまった。見放してもらっては困る! 仙人さまだけが頼りなのだから!
俺たちは、言い合わせたように反対し、説得を始めた。
「チリアンを武力制覇したのはオヤジだ。あいつがオヤジを殺した今、俺たちの国を滅ぼす意味なんて、ないだろう」
俺がそう言うと、仙人さまは首を振って、
「チリアンにしてみれば、長い間貧困のままにされた恨みがあるのだよ。奴隷のようにこき使われて、用済みになればポイだ。まともな生活も出来ない。ケルン国の魔法使いは、みなチリアンの敵だ。ケルン国の魔法使いのために、チリアンがどれだけひどい目に遭っていることか……。判っていてしかるべきだ」
俺は、さらに言葉を重ねて、仙人さまの力を使えば、兵器を倒すぐらいたいした話ではないと言ってみた。俺たちは、大魔法使いアーヴィングに約束したのだ。夕方までに仙人さまから、あいつを倒す手段を手に入れてくると。だからどうしても兵器を倒すと言って、言い争った。
すると仙人さまは、俺の肩に手をおいてこう言った。
「お前は、このことのために、何を犠牲にするつもりだ? わしに泣きついてきても、わしには、向こうの言い分のほうが理があるとしか思えないのだ」
「だからといって、こっちが犠牲になる必要があるのか」
俺は、思わずつばを飛ばして激高してしまった。
「相手国に理不尽さを強要してきたのだ。それくらい屁でもなかろ」
仙人さまは、鼻先で笑っている。
その会話を聞いていたメリアは、つと近づいてきた。なにか、思い詰めた表情である。
「わたしがチリアン国の王子と結婚すれば」
メリアは、真っ青になったまま、強い口調でそう言った。
「王子と結婚すれば、親戚どうしになるじゃない」
「そんなのダメだ」
俺は思わず、メリアに怒鳴りつけた。
「おまえを犠牲にするようじゃ、兄として失格だ!」
「でも私だって、ケルン国の姫君なのよ? 政略結婚のひとつぐらい、どうってことないわよ」
そう言いながらも、メリアの表情にくっきりと黒い影が落ちている。俺はメリアが、むちゃを言っているとしか思えなかった。
「オヤジを殺したヤツだぞ。そんなヤツに嫁ぐなんて、不幸になるだけだ」
「でも、ケルン国を破滅から救うには、それしかないわ」
仙人さまは、剛情な俺たちの言葉に鼻先でせせら笑いながら、
「おぬしらはケルン国を滅ぼしたくないという。わしはそれは理屈に合わないという。それでは議論で日が暮れてしまう。わしとしては、時間を稼いでケルン国の自滅を待ってもよいのだが、それでは第一、第二関門を通ってきたものへの敬意が足りないというものだ。そこでわしの思うには、先ほど五人のこびとたちが戻してやったおぬしの魔力を使って、あの兵器と戦い給え。それに勝てば、問題は解決するだろう」
「戦うんですか、このヘボい力で」
俺は、首を振ってため息をついた。「ムリです。最高レベル魔法でもムリだったのに」
ところが仙人さまは、いよいよあざけるような笑みを浮かべながら、鏡と俺とを威厳を込めて見比べて、
「さきほど見せてもらったあの混合魔法は、思いつきに過ぎなかったのかね。自分が危険な目に遭いたくないから、メリアを犠牲にしても構わないと、本心では思っているんじゃないのかね」
「まさか! あの魔法は、たまたま上手くいっただけです! 今度も上手くいくとは限らない」
「一度でも成功したのだ、やってみたらどうだ」
そうなのだ。押し問答している暇はない。たしかにそれしか方法はないように思える。俺は、メリアと祖国のために、自分の持っている魔法を使って、どうしてもあの不気味な兵器と戦わなければならないハメになってしまったのだった。
心配そうなメリアの表情を見ている内に、妹のためだけでも、混合魔法を試してみようと思い立った。ためらいがちな俺をせき立てながら、仙人さまは鏡の前に俺を立たせた。
「いまから鏡の魔法で転送させる。あいつの弱点を見つけて、そこを突けばよいのだ。おぬしならできるであろう」
「できるでしょうか」
「意志あるところに道あり」
仙人さまは、にこりと笑った。

その次の瞬間。

周囲が光り輝いた。
魔法の転送が、始まったのだ。
俺はまぶしさで目が開けられなくなり、思わずまぶたを閉じた。

posted by アスリア at 07:46| Comment(0) | 創作

2017年05月01日

パルケス国の危機 (終)

がつーん、がつーんと地鳴りがしている。
目を開けてみると、城が見えてきていた。半分ほど砕けている。
夕日に散らばるリルタイトが、地面で雪のように輝いた。
見ると、すでにあの兵器が、ぎくしゃくとした足取りで、城の右半分に手を掛け、引き裂こうとしているのである。
「ポールさま! ご無事で!」
大魔法使いアーヴィングが、近くのフィールドから手を振っている。絶望で憔悴しきった頬に、涙がこぼれて飛んでいる。
「城に高レベル魔法ドラゴンズ・ブレスを掛けたんですが、もうほとんど解除されつつあります」
アーヴィングは、俺の近くに駆け寄ると、杖をたかだかとあげて、さらになにか魔法を掛けようとしている。
「仙人さまは、どうでしたか? なにか魔法を伝授されのでしょう?」
警護に当たっている親衛隊長が、焦った顔で勢いよく訊ねる。
俺は、仕方なく首を振って、事情を手っ取り早く説明した。
「わたしの魔力は、もうありません」
アーヴィングは、かすれた声で訴えた。
「あなたに魔法の力が残っていて、混合魔法が使えるのなら、百万分の一でもチャンスはありましょう」
「それは別の言い方をした方がいいな」
俺は、少しずつ砕けていく城を眺めて、拳を唇に持って行った。
「つまり、奇跡ですか」
「そうだ。奇跡は神の領分、魔法使いには手が出せない……」
だが、それに賭けるしかないのだ。
俺は、あの兵器に近づいていった。
そもそも、オヤジがはじめた戦いを、俺が始末しなければならない。
てめえのケツぐらい自分で拭けよと思いながらも、オヤジにはそれが、できなかったのだ。
あんなヤツでも、親は親。
仇を討って、この国を解放しなくちゃいけない。
俺は、嫌々魔法を繰り出した。
「スティックリー!」
どういうものか、低レベル魔法のはずのその魔法に反響するように、リルタイトが輝いた。そして、地面のリルタイトがふわりと浮き上がると、あの不気味な兵器めがけて、飴のようにくっつきはじめたのだ。
「うぐ?」
そいつは、初めて声を放った。身体にくっついている砂のようなリルタイトをふるい落とそうと、身体を揺すってみるが、リルタイトはぴっとりとくっついて離れない。
妙なもので、こうなってみると、始めは気乗りのしなかったのが、やれそうだという気分になってくる。いつか俺はリルタイトを使って、何が出来るかを考え始めていた。
ところが、である。
「おまえがなにをしようとも、このボクを止めることはできないよ!」
少年の声が、その怪物から放たれた。
俺は、衝撃を受けて耳をそばだてた。人が乗っている気配はなかったが、どうやらこの兵器には、人間が乗っているようだ。となれば、できるだけその人を殺さずに、なんとか和平に持ち越せるかもしれない。リルタイトが兵器の動きを奪っている間に、和平交渉をしてみるのもアリかもしれない。
「スティックリーを使ったら、俺が解除するまでそのままだ。どうだ、チリアン国の勇者よ。和平交渉の席につかないか」
相手は、もとよりこの国を滅ぼすつもりで、わざわざここまで出向いてきたのだから、こんな初歩魔法に負けるわけがないと、夢中になって身体をゆすってみている。が、いくらあいつが躍起になっても、リルタイトの砂は落ちないばかりか、どんどん積もっていって、兵器はまるで雪だるまのようになっていったではないか。俺は、さらにリカバリーとライトショックを混合させて、兵器を鏡のように凍らせようとした。するとチリアン国の兵器は、まるでなにかにとりつかれたような勢いで、どしんどしんと跳びすさりながら、
「こんなことがあるわけがない。ボクがここで負けたら、チリアン国のみんなに顔向けができない。ボクたちの家も、財産も、地面も、馬も、飛行車も、おまえらみんなが奪い取ってしまったんだ。負けるわけにはいかないんだ」
俺は、その刹那、誘惑を感じた。俺だって城の半分は、破壊されてしまった。領土は焦土と化して、復興は出来るかどうかも判らない。
スティックリーも、ライトショックも、リカバリーも、人を殺す魔法ではない。あいつが俺がそんな魔法しか使えないことは、知っているはずはないし、仮に知っていたとしても、兵器が使えない以上、どうすることも出来ないはずだ。
新たに武器を投入される可能性も否定できないが、いま、この時、俺が勝てば、奪われた土地も財産も戻って来るし、仇も討てる。俺はその悪魔のささやきを、はっきりと聞くことが出来た。
俺は、さらにリカバリーとライトショックの魔法を強めた。雪だるまのようになっていた兵器は、今度はリルタイト製の鏡と化して、身体がコチコチに凍り付き、指先一本と言えども動かすことが出来なくなったのである。
勝った。
兵器を、倒した。
胸の中に、熱くたぎるものを感じた。
転がるように、兵器から出てきた少年を、親衛隊たちがむんずと掴んだ。見てみると、かなりの美少年で、汗で溺れたように額に張り付いた金髪や、白い肌が印象的だった。
「殺せ!」
そいつは、叫んだ。蜂蜜色の瞳に、激しいものが宿っている。
「チリアン国に戻っても、ボクたちの家はない。ここへは死にに来たんだ、殺せ!」
「それならば、殺してやろう」
俺は、勝ち誇った声を上げながら、親衛隊に合図しようとした。まっ蒼になった相手の目の前に、親衛隊の剣が閃いた。
「待って! お願い、やめて!」
聞き覚えのある声が、親衛隊の手を止めた。
と、思うと、どういう訳か、フィールドにメリアが立っていて、強い目でこちらを見つめているのである。
「お兄ちゃん、お父さんみたいになりたいの?」
親衛隊は、少年を地面からひきずりあげた。「離せ! 無礼者!」と叫ぶ少年は、真正面に立っているメリアの瞳にひるんで黙りこくった。
「なんでもかんでも、力で押さえつけて。仇を討ったり討たれたりしていたら、復讐の連鎖は終わらないわ」
メリアは、おとなしくなった少年にかがみ込むと、そっとその手を取って言った。
「チリアン国の勇者さま。わたしたちのおかした罪を、許してください。あなたの国へ賠償させていただきますから、和平交渉に応じてください」
「そんなことは、俺が許さんぞ。いまこそ、父の仇を討ち、チリアン国を滅ぼすチャンスだ!」
つかつかと近づいて、俺は、強弁に主張した。
少年をなだめていたメリアは、その俺の視線を跳ね返した。
「それで、ほんとうにいいのかしら」
「……おまえ……」
雲がたちまち空を覆っていった。
雨が、降り始めていた。
少年の、頬にも、なにかが光っていた。
やがてざあざあ降り出した雨のなか、雪だるまになった兵器はどさりと地面に横たわり、しゅうっと湯気を上げて動きを止めた。
「あんたら、何をしたのか判っているの」
少年は、涙声で語っている。
「ボクたちには、もうなにもない。あんたらを道づれに、落ちるところまで落ちるしかないんだ」
「下を向いてちゃダメ。虹が見えないわ」
メリアは、少年の目を見つめている。
「どんな時にも、希望はあるの」
「………………判ったような口をきくんだね」
「あなたたちに攻撃されて、はじめて自分たちの愚かさを知りました。今後はチリアン国と手を携えて、一緒に復興をしていきましょう」
メリアは、少年を抱きしめる。
親衛隊は、泣いていた。
アーヴィングは、黙って頭を振っていた。
俺は、ため息が出てくるのを感じていた。
無意味な戦いをしなければ、得られないものがある、ということを、俺は知っている。
決定的な勝利を掴んで交渉を有利に運びたかったのだが……。
メリアの性格で、この世界の荒波を渡っていけるかどうか。
だが、たまには、力だけでない方法で、物事を解決するやり方も、取っていいのかもしれない……。

降りしきる雨の中、俺は仙人さまが、城をねめつけているのを見つけた。
近づくと、仙人さまは、アーヴィングに手を振った。アーヴィングも手を振り返す。
「おまえたちなら、きっと両国の溝を埋め、新しい時代を築く事が出来る」
仙人さまは、よく響く声で言った。
「おまえたちには、その資格があるのだ」
俺は、ちらりと背中の少年とメリアを振り返った。
「俺は、間違っていました」
仙人さまに、ひざまずく。
「わが国に必要なのは、新しい力ではなく、新しい知恵です」
「それは、自分たちで編み出していくものだ」
仙人さまは、笑って言った。
「そして、おまえはそれをもう、手にしている」
「え、それはどういう……」
意味ですか、という前に、仙人さまは消えていた。

雨がやんだとき、大きな虹がインパス山方面にかかっていた。
そんなに簡単なことじゃないとは思いながらも、俺は将来に明るいものを感じ始めていた。

posted by アスリア at 14:04| Comment(0) | 創作