2017年09月08日

カネクレ虫 リライト版

カネクレ虫

南 アサトが帰ってみると、そこにはでかい虫がいた。
アサトは、生命保険の営業である。今日もいやな上司にたっぷり絞られて、やっとノルマをこなして帰ってきたところであった。
アラサーのアサトは、ひとりものである。
ガミガミどやす上司に悩まされてきた。
バーで一杯飲んで帰ってきたところである。
手料理を作ってくれる奥さんもいないのに、なぜか……、

家にでかい虫がいる。
直立している。

アサトは、扉をばたんと閉めた。
いま、何時だ? おれは酔っ払って、夢でも見ているのか?
それから、そっと扉を開けた。
あいかわらず、薄暗い部屋の中に、でかくて丸い虫がいた。

初秋のころである。夏の虫は、ひととおりいなくなっていた。だから、セミやトンボではありえない。
その虫は、背中がまるくて、足が六本あり、金箔でも塗ったみたいに輝いていた。

  たしか、カフカの小説に、いきなり虫になった男の話があったなとおもいながら、アサトは殺虫剤をさがして部屋を横切ろうとした。部屋はきれいに片付いている。CDも漫画本も、営業用の資料も、食料も、あるべき場所におさまっている。だれが片付けたのだろう。

まさか、虫が?
ありそうにない。
すると、虫は、長い触覚を動かしながら、

「カネクレ、カネクレ」
と、しゃべった。
アサトは、スーッと酔いが覚めてくるのを感じた。

虫が、しゃべった?
茫然としているアサトに、虫は両手(?)を差し出して、
「カネクレ」
と言うのである。

「おまえは……、なんだ?」
アサトは、やっと言った。化物なのか? それとも、遺伝子操作による新しい生物なのか?
AIによる疑似昆虫ロボットという線もあるかもしれない。

「カネ、スキダ」
虫は、答える。アサトは、じろじろ相手を眺めた。どうやら、相手は攻撃する意図はなさそうだ。敵意がないのなら、慌てる必要はないだろう。それに話せる昆虫なんて珍しい。

「カネの嫌いな奴がいたら、顔を見てみたいね」
「アタシ 置イタラ カネ 一杯 アゲル」
虫は、拝むように両手(?)をこすり合わせた。
「アタシ カネクレ虫。イルダケデ カネ 集マル」
「へー」

本気にしたわけではないが、いるだけでお金が集まる虫というのは興味深い。大学あたりに持って行って、研究対象に売り飛ばすというのもアリかもしれない。
  それに、この虫は、部屋の半分を占拠するほどの大きさである。殺虫剤が効くとも思えない。
「カネ 集マッタラ 半分クレ。カネクレ」

カネクレ虫は、そう言った。
追い出してもよかった。寝る場所がなくなってしまう、迷惑だと。カネが集まるなんて、信じられるかと。
「あんたのエサは、カネなのか?」

カネクレ虫に、アサトは問いかけていた。
「カネ! カネ! 喰ッタラ 増エル!」
ものは試し、ということわざもある。クラウド・ファウンディングに投資したのだと思えばいいだろう。違法なことはないだろうな、と確認した後で、アサトは二百円ほど、そのカネクレ虫に喰わせてやった。

しゃきーん!
虫の目の色が変わり、お尻からなにかが出てきた。
「―――馬券?」
アサトには、縁のなさそうな券である。
「明日のレース、これで勝つ」

虫は、少し聞き取りやすくなった声で言った。
アサトは、半信半疑だったが、ひとまずその馬券を預かって、虫を廊下に追い出し、部屋に布団を敷いて寝た。

 

営業回りの隙に、馬券を換金した。
なぜか大穴が当たっており、一万円になっていた。

「すげ……!」
アサトは、カネクレ虫を見直した。約束通り、半額をカネクレ虫に渡す。
すると、こんどは「パチンコの玉がよくでる台」と書かれた情報が、お尻から出てきた。

「カネクレ! もっとくれ!」
カネクレ虫は、要求した。
アサトは、その情報をもとにパチンコ屋へいって連戦連勝。パチンコ玉をパチンコ店で景品に交換し、それを景品交換所で現金に交換した。

 

こうして、アサトは、徐々にお金が増えてきた。
最初は、小遣い稼ぎ程度だったのだが、だんだん生活費に充てるようになっていった。

ガミガミ言われて働くのがばからしくなってきたので、さっさと仕事を辞めて、カネクレ虫に投資するようになった。

お金に余裕が出てきたため、株にも手を出したところ、北政府の脅しに対抗する日本政府とアメリカの緊張が、景気にいい影響を及ぼしたらしく、面白いようにお金がどんどん増えていく。

いつの間にか、アサトは、億万長者になっていた。

 

そうなってくると、アサトにおべっかを使ってお金の出所を知ろうとする人間や、成功の秘密を聞きたがるマスコミが現れる。
近所迷惑になったこともあって、アサトは引っ越すことにした。

その旨をカネクレ虫に言うと、
「アタシはここがいい! ここに、愛着があるの!」

という返事であった。
  カネクレ虫が生まれたのがここなので、ここ以外で暮らすなんて考えられないというのである。

アサトは、困ってしまったが、カネクレ虫にばかり頼っている時期は、もう終わったと思い、
「それじゃ、これでお別れにしよう」

と、エメラルドのブローチを差し出した。虫にあげるには高価なプレゼントだが、世話になった礼としては少し安かったかもしれない。

すると、カネクレ虫は、うれしそうにブローチをもらうと、
「カネだわ! カネだわ!」
といって、いきなりがぶりと噛みついてしまった。

あっと思うと、次の瞬間には、カネクレ虫はもぐもぐブローチを食べ尽くし、そのまま口を触覚でぬぐって、「おいしかったわ」と言うのである。

その直後。

ぶくーっとカネクレ虫のおなかがふくらんでいった。
「わー、たいへん! 子供ができちゃった!」
カネクレ虫は、そう叫んだ。

 

ぞろぞろと、蜘蛛の子のように現れたカネクレ虫の子供たちは、アサトの財産をすべて食い尽くすと、どこかへ散会してしまった。どうやってかは知らないが、銀行に預けておいたお金まで食って立ち去ってしまったのだ。親ほど、土地に愛着があるわけではないらしい。

億万長者から、一気にもとの貧乏人にもどったアサトは、また営業に戻った。

昔といまとでは違うことがある。
カネを喰わなくなったカネクレ虫が、話し相手になってくれることである。
だから、どんなに厳しいノルマと激しい罵倒でも、アサトは耐えていけるのだ。
カネクレ虫の正体がなんであろうと、今となってはアサトにはどうでもいいことであった。

posted by アスリア at 17:37| Comment(0) | 創作

2017年09月03日

本は文化か芸術か

活版印刷のはじめが 「聖書」 ということもあって、本の歴史的な背景には、
「文化遺産の継承」という側面があるような気がしますが、
昨今の傾向では、「本は売れてなんぼ」
というむきもあります。


名作を読め、といわれても、何がいいのかわからない。
娯楽作品のほうがわかりやすいし、面白い。作家になるなら、そういうひとがいい。
そうは言っても、流行に合わせていけるひとなら 売れっ子にもなれるでしょうが、そういうひとばかりじゃないのが世の中。
売れなくても、書き続けるしかないひとだっているわけです。
むしろ、そっちのほうが大多数です。


お金をもらっているか いないか の違いだけで、ネット上では対等になってしまうという小説の世界。
わたしは、大多数の売れない小説家にしかなれないんだろうとは思ったりしますが、本は芸術ではない、商品化されるのが当然、という意見には首肯できなかったりします。

初心忘るべからずですよ!
本がこれほど信頼感があるのは、芸術家の存在があるからです。

あんまり本を読み過ぎてイカれてしまった「ドン・キホーテ」の話とか。
そのパロディ版が出てきて対抗処置として続編をつくっちゃったセルバンテスの話とか。

本がいかに巷に影響を与えているかということ、その背景に芸術があり、過去に自分の信念を貫き通すひとがいたからこそ、現代が成り立っているという事実を斟酌しないのは、歴史をおろそかにする行為であり、いずれそのしっぺ返しが自分にも降りかかってくることでしょう。

本が売れてなんぼ、というのは、出版社の勝手ないいぐさです。
読者は、いい本を選びたい。流行ではなく、ほんとうに面白い物を、求めているのです。

posted by アスリア at 13:16| Comment(0) | エッセイ

2017年08月30日

「夜は出たくないの」

「夜は出たくないの」

大学の演劇サークルで活躍している女優の卵の朝子は、いつも、夜になると帰ってしまう。
飲み会に誘ってみても、カラオケに誘ってみても、ぜんぶナシのつぶて。

「つきあい悪いよな」
「いわゆる、品行方正ってやつ?」
「それにしちゃ、やりすぎなんじゃ? サークルの親睦会にも出席しないんだぜ」

仲間たちは、お互いに噂し合った。
そう言われてみると、朝子は、少し変わっているようだった。
夜が近づいてくると、そわそわしはじめる。

定期的に、香水の匂いが強くなる。
普段から長袖を着ている。
夏、暑いときだろうと、肌は絶対に見せない。
まるで隠れた恋人がいて、その注文に応じているようだった。

あれだけの美人だったら、それも無理からぬ話である。
並み居る男どもを蹴倒して、独身貴族を貫く朝子は、男たちからは羨望のまなざしで見られ、女たちからは嫉妬の目で見られていた。

「朝子って、ご先祖さまは華族さまだったらしいじゃないの」
女たちは、ささやきあった。
「いまは大企業の一人娘。お金も地位もばっちりね」
「ああ、逆玉があるといいのになー」
男たちは絶叫する。

「なによ。あたしたちじゃ、満足できないの?」
女たちが腕を組むと、
「そりゃそうだよ。地位も名誉も美貌もある朝子と君たちでは、比べる対象にもなりゃしないさ」
女たちは、歯ぎしりして悔しがった。

 

そんなこんなでサークルの空気も悪くなっていき、朝子は嫌がらせを受けるようになった。
台本やダイナーズクラブカードの入った財布を盗まれたり、高級な自転車を盗まれたり、ひどいのになると舞台の上での食事に、ガラスが混じっていたりした。


さすがに監督役のサークル代表も眉をひそめて、
「こんなことが続くようなら、朝子さんには出ていってもらわなきゃな」
と言い出した。
朝子の相手役をすることの多いぼくは、断固としてそれに反対した。

「悪いのは、嫌がらせをした連中だろ? なんで朝子さんが追い出されるんだよ?」
「だけど、実際問題として、うちの会になじもうとしていないのは事実じゃないか。もっと普段から、親しめるような態度をとってくれよ」

代表は、うんざりしたように言った。
そこでぼくは、ひとり学食でランチを食べている朝子さんに近づき、
「今回のこと、ひどいよね」
と水を向けてみた。

朝子さんは、ちょっと寂しい笑顔を見せた。
「しょうがないわ、だってわたくしは、ほかのひととは違いますもの」
「きみの、そういう態度はよくないと思うよ」

ぼくは、ハッキリ言ってやった。すると朝子さんは、軽く目を見開いて、
「―――あなたも、ほかのひとと違うみたいですね」
と、言ってくれた。
ぼくはうれしくなった。これを機会に、お近づきになろうと思い、

「あした、小さな舞台小屋でシェークスピアの『十二夜』をやるらしいんだ。見に行かないか」

と、誘ったら、朝子さんはさっと顔色を変えた。
「十二夜……」
なにがそんなに気になるのだろう。そわそわが激しくなっている。

「確かに、何が言いたいのかよくわからない作品らしいんだけど。きみも女優を目指してるなら、勉強になるよ。シェークスピアは、きらいかい?」
「いいえ……。夜でなければ行けるわ……」

「夜の7時だよ。是非来てくれ。これをきっかけに、夜への恐怖症を克服して、みんなにもなじんでいこうよ」
ぼくが必死で口説いたおかげなのかどうか。
朝子さんは、とうとう、チケットを受け取ってくれた。
  ぼくは有頂天になって、明日が来るのを待った。

 

その日の夜6時半。
小屋の前でぼくは待っていた。
今にも降りそうな曇り空、星すら見えることもない。

いまのぼくの心境と似てるな……。

朝子さんに、振られちゃったのかもしれない。
ぼくと彼女じゃ、身分も住む世界もちがうのかもしれない。
だけど、チケットは受け取ってくれた。
来てくれる。
きっと、来てくれる。

 

すると、小屋に続く細い道に、すらりとした美女が駆けてきていた。
朝子さんだ。
髪を振り乱して、いつもとは雰囲気が違う。
むうっと香水が、鼻をついた。

「ごめんなさい。でも、もうムリみたい」
近づくなり朝子さんは、ぼくにチケットを押しつけた。
「どうして? 急な用事でもできたの?」


ぼくが問い返すと、重くたれこめていた夜の雲がすうっと晴れた。
煌々と、満月が照りわたる。
朝子さんは、返事もせずに、目の前に広がる満月を見上げた。

その直後。

朝子さんが、《《変化した》》。
筋肉が盛り上がり、ギラギラと輝く金色の眸。
野獣のような吠え声、両手の長い爪。彼女はそれでワンピースを引き裂いた。
露出した肌には獣毛が生えて、美しかったその顔は、オオカミのの冷酷で凶暴な顔になったのだ。
小屋に来ていた観客が、悲鳴を上げた。

夜に彼女が出歩けないわけを、ぼくは初めて気づいたが、ときすでに遅すぎた。

posted by アスリア at 07:21| Comment(0) | 創作