2018年05月26日

ピアノとおじさん

ピアノとおじさん
     
引っ越しで、古いピアノがゴミの山へ棄てられてしまいました。
夕闇が迫る、ある夏の日のことでした。
その近くでみすぼらしいおじさんが、ピアノにせなかを向けて ゴミを片付けていました。
「このゴミは、新聞紙だから、役に立つな」
「このゴミは、壊れたプラスティックだから、役に立たないな」
おじさんは、役に立つゴミと、そうでないゴミをわけて、役に立つゴミを売るという仕事をしています。
すると、背中から、なにかの音が聞こえてきました。
「ぽろん」
それは、ピアノのけんばんを打ったような音でした。打った、というよりは、さわった、というほうがよかったかもしれません。
おじさんは、せすじをピンとのばしました。
ピアノの方を振り返っても、誰もいません。
おばけかな?
おじさんは、おばけなんか信じません。ふしぎなことなんて、この世にあるとは思っていません。
でも、ゴミの山の中で、ピアノは月明かりに照らされて、ちょっとばかり不気味でした。
「あの、すみません。いま、鳴りましたか?」
おじさんは、ピアノに話しかけました。
ほかに誰もいないのなら、ピアノ本人に聞くしかありません。ひょっとしたら、ひとりでに鳴り出すふしぎなピアノが、新しく売りに出されたのかもしれません。
すると、ピアノはまた、
「ぽろん」
と鳴りました。
よく見ると、けんばんの上に、ちょこんとガマガエルが乗っているではありませんか。
「おどかすなよ。おばけかと思ったじゃないか」
おじさんがひとりごとを言うと、ガマガエルは、
「ひとりじゃさびしいから、おじさんもいっしょに遊びましょ」
と、誘いました。
「これは夢だ。ぼくは夢を見ている」
「夢だと思うなら、わたしにキスをしてください」
どうせ夢だからと思ったおじさんは、ガマガエルにキスをしました。
するとカエルは見るも美しい女の人に変身し、おじさんは腰をぬかしそうになりました。
「わたしはピアノの呪いにかけられていたのです」
と、女の人は言いました。
驚きのあまりおじさんは、おもわずピアノのけんばんに手を触れました。
「ぽろん」
おじさんはガマガエルになってしまいましたとさ。

posted by アスリア at 20:14| Comment(0) | 創作エッセイファンタジー

2018年05月18日

鮎は嫌い

鮎は嫌い 鈴宮とも子

わたしは鮎。料亭『やましな』の水槽で、ドジョウやヤマメと一緒に泳いでいる。水槽は、客が見えるところにあるので、客のいろいろが観察できる。
このあいだは、川魚が苦手という親子連れがやってきた。女将の山科は、しきりとわたしを薦めたが、母親は頭を振ってことわっている。
「ねえ、お母さん。たまには鮎も食べたら? いつもステーキやハンバーグじゃ、太るわよ」
二十歳ぐらいの女の子が、母親らしい女性に助言している。
「わたしはねえ、鮎はきらいなの」
母親は、吐き捨てるように言った。
「だいたい、量が少なすぎるわ。魚でも、ブリとかマグロだったら、わたしも許せる。けど鮎には食べ応えなんてぜんぜんないでしょう。塩がたっぷりかかってて、血圧にもよくなさそうだし、食べたらみょうに薬くさい味がするし、それがなんとも貧乏くさくてもの悲しいのよね」
「ここは料亭よ?」
二十歳ぐらいの娘さんは、あきれて言った。
わたしも、こういう客に食べられるのはごめんである。この美しいからだと、薫り高い身を食べてくれるのは、味覚の優れた人間であってほしい。こんな親子連れなどに、わたしの美しさ・おいしさがわかるわけがない。
しかし、わたしの人気は、一昔前とはずいぶん違っているようだった。わたしの先祖の世代なら、鮎と言えばごちそうだったのだ。泳ぐように火で炙られた身を、タデとスダチで食してもらう。香ばしい身が口いっぱいに広がる。これがわからなくなるとは、なんと日本人の味覚も変わったことだろう!
店主の山科が、わたしの友だちを捕まえた。友だちの鮎は必死であばれたが、抵抗は無意味だった。
「それじゃ、鮎料理三昧といきますか」
山科はそう言うと、その鮎を使って、天ぷらにし始めた。
「いやだわ。わたしは鮎が嫌いだって言ってるのに」
母親は、ブツクサ文句を言っている。わたしは、次々と料理されていく鮎たちを、恐怖の目で見守っていた。弱肉強食の世の中であるから、人間に食べられるのは自然の摂理であるが、ろくに食べられなくて捨てられるのなら、生きてきた甲斐がない。
それに、調理している人のまえで、料理のことをあれこれ文句付けるのってどうだろう。性格わるいんじゃないか、この女。
「鮎はいいわよ。ダイエットにもなるし」
娘さんが説得している。
「お父さんのことを思い出すのよ」
母親は、少しうつむいた。
「鮎が大きらいで、わたしがどんなに説得しても、ぜったい口にしなかった」
「でも、お父さんは、もういないの」
娘さんは、からりと言った。
「天国へ行っちゃったんだから、もう解放されてもいいはずよ」
「お父さん……ばか……」
母親は、ハンカチで目をぬぐった。
「お母さんがいつまでもそんなんじゃ、お父さんは悲しむわよ。自分の世界を広げなくちゃ」
娘の言葉に、母親はうん、とうなずいている。
しばらくして、わたしの隣にいた鮎が、天ぷらになって供された。
「鮎と言えば、塩焼きでしょうに」
お母さんが疑問を呈すると、
「料理法を変えて、コケのにおいをできるだけおさえたのよ」
と、娘さん。
仕方なさそうに鮎を見つめたお母さんは、
「あら、このにおい……。春の日ざしのようね」
と言いつつ、全部平らげてしまった。
「つぎの鮎料理も、だいじょうぶそうですね」
山科はそう言うと、わたしをつかまえた。
塩焼きにされながら、わたしは、娘さんの声をかすかに耳にした。
「お母さんったら、食べようと思えば食べられるんじゃないの。なんだかんだ言って、ほんとは好きなのね? きらい、きらいも好きのうち、って言うし」
母親が答えて言った。
「今度はビールが嫌いになったわ。おごってくれたら好きになるかも」
よかった。わたしは、ちゃんと食べてくれそうだ。
身が焼かれるのを感じながら、わたしはほっと息を吐いていた。

posted by アスリア at 16:11| Comment(0) | 創作

2018年05月09日

くしゃみドラゴンの恋

くしゃみドラゴンの恋

はーくしょん!
ちーん!
ドラゴンのはじめくんは、小さなハンカチを取り出して、でかい洟をすすりました。
ハンカチは、もうぐちょぐちょです。
「うーん、からだはだるくないからなぁ。なんの病気だろう?」
はじめくんは、健康が自慢のドラゴンです。長いあいだ、洟がつづくのは、風邪のまえぶれかもしれません。どんな動物でも風邪は万病のもと。心配になったドラゴンは、下界に降りて大魔法使いに診てもらうことにしました。もちろん、人間に変身したのです。

下界は、ちょっと見ない間に、ものすごく変化していました。
少ない人通りの砂利道だった道路は、石造りになっています。
呼び込みの声もします。
その通りを抜けていくと、「小林診療所」と書かれたこぎれいな小屋が建っていました。
「ごめーんくださーい」
呼びかけると、がちゃりとドアが開いて、白衣のお姉さんが顔をのぞかせました。
とてもきれいなお姉さんです。光り輝くような髪の毛をしていて、白い肌に黒い瞳が宝石のよう。はじめくんは、一目で恋に落ちてしまいました。
「あー……」
すっかりアガって絶句したとたん、
「はーくしょん!」
もろにつばを、お姉さんにかぶせてしまいました。
お姉さんは、ちっとも嫌な顔をせず、
「お風邪ですね。どうぞこちらへ」
案内してくれました。
待合室では、太ったおばさんや犬をつれた子どもなどが並んでいます。みんなにお姉さんのことを聞くと、
「なんてきよらかな人でしょう」
とベタほめなのでした。ますますはじめくんは、ぽーっとなってしまいました。
順番が来ると、大魔法使いが、はじめくんを調べました。
「花粉症ですね」
「かふんしょう?」はじめくんは、きょとん。
「あなたの場合は、スギ花粉が鼻にいたずらをしているのです」
というと先生は、薬を処方してくれるのです。
「あの……、白衣のお姉さんは、誰ですか?」
思い切って訊ねると、
「ああ、うちの有能な看護師ですよ」
というお答え。
「ら、ら、ラブレターとか出したら、迷惑かな」
もじもじしながら訊ねると、大魔法使いはわっはっはと笑って背中をぽーんと叩きました。
「キミともあろう人が、天使に恋をするなんてね!」
「え、それはどういう……」
「キミがドラゴンだって事は、もうわかっているんだよ。看護師は天使、つまりエンジェルなんだ。かなわぬ恋ってやつ」
がっかりしながら薬をもらうと、看護師のお姉さんはそっとかれの手に触れて、
「きっといい方が現れます」
と言ってくれました。

その後はじめくんは、大魔法使いさんに通っている中に、同じドラゴンが混じっていることに、気づきました。
「おや? きみも、花粉症?」
「ええ、あなたもなのね?」
ふたりはすっかり仲良しになりました。
「イノシシを獲ってきてあげるよ」
「うれしいわ、あなたってやさしいのね。じゃあ、わたしはウサギをつかまえてあげる」
こうして、プレゼントをしあううちに、いまではいっしょに住んでいます。
「あなた、あーん」
よく肥えたイノシシを、口から噴き出す炎で丸ごと焼いて、差し出してくれる彼女。
「ああ、しあわせだなあ」
はじめくんは、ほのぼのと心が温まりました。
二人の花粉症はどうしたかって?
「はーくしょん!」
早く治しましょう。ハンカチが、もうめちゃくちゃですよ。

posted by アスリア at 14:56| Comment(0) | 創作